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拍倉
破顔(戦国長曾我部)



歳の離れた兄は母親似の黒髪で、銀髪で父親似の自分とは少し違うなと思っていた。
なんとなく近寄りがたくて、時々一緒に遊んでくれるけどどこかよそよそしさは抜けず、いつもあちらの気を伺っていたような気がする。
だからそれまで兄・千雄丸の顔を、ちゃんと見たことがなかった。






長曾我部の正月はとてもにぎやかだ。
四国各地から新年の挨拶にやってくるのは武将だけではなく、馴染みの商工人等や、土佐の一領具足・普通の農民までもが、自らの田畑で作った作物や、釣り上げた魚介類等を大量に携えてきては元親に捧げていた。
当主・元親の人気ぶりがそのまま反映されている岡豊の正月だ。

盛親は、客間から少し離れた一室で一人遊んでいた。
いつもなら乳兄弟の弥次と一緒に遊んでいるのだが、年末年始の最近は顔を見ていない。
時々母や侍女・家臣等がやってきて手を引かれるまま客間に連れられては、元親に抱き上げられてそこにいる客人たちに挨拶をした。一通り頭を撫でられたり菓子を貰ったりして、しばらく経ってからまた元にいた場所に戻されて、一人で遊ぶ…の繰り返し。

何時間経っただろうか。
客間から時々聞こえてくる喧噪を黙って聞きながら、盛親はぼんやりと手を動かしていた。
庭に出ては虫を探してみたり、小石を池に投げてみたり。部屋に入っては元親が買ってきた鳴り物の玩具を振り回してみたり。
全然つまらなかったけれど、庭から出ようとは思わなかった。
大人達は忙しいんだ、邪魔してはいけないし、心配かけちゃいけないから。
けどそろそろ、いいんじゃないかと思う。だって俺はこんなに腹が減ってるんだ。昼餉から結構時間が経っているし、貰った菓子だけじゃあ腹が減ってしまう。
兄上は嫡男だから、ずっと父上の側にいるけど…。



誰か、来ないかなあ…。



「誰?」


後ろに気配を感じて振り向くと、見慣れない子供が2人、廊下に立っていてこちらを見ていた。

一人は兄のような黒い髪をしていて、紫色の瞳はどことなく憂いを帯びている。体が弱いのか、着物の上に2,3枚羽織を着込んでさらに首に布を巻いていて、時々コホコホと頼りない咳をしては体を揺らす。
そしてもう一人。黒髪のほうの青白い手を握っている、やけに背の高い女子だった。桃色の小袖の裾を風になびかせ、紫の大きな瞳でこちらを見ている。
盛親はその髪に興味を持った。
長い髪は自分と同じ銀髪をしていたから。
長曾我部の人間だ、きっと。

「一人で遊んでるの?」

その銀髪がこちらへ近づきながら話しかける。つい顔を背けてしまう。

「…俺の質問が先だ。あんたら誰?」
「あたしは孫次郎だよ。それから、あっちはお兄ちゃんの五郎次郎ちゃん。」

コイツ男…?
黒髪のほうも、ゆっくりとこちらへやってきてしゃがみ込む。

「次は貴方の番ですよ。貴方のお名前は?」
「………千、熊………千熊丸。」

顔を覗き込まれるのは嫌いだ。
溜め込んでいるものを覗き込んで笑う奴がいる。
子供の考えることだからって笑って、何もしてくれない。
果ては、怒り出す。ただ優しい言葉が欲しいだけなのに…。
この人たちはきっと自分より年上だ。この人たちも大人たちみたいに笑うかもしれないと思ってますますうつむいてしまった。

案の定、二人は笑ったんだ。

けれど。
少しだけ上げた顔の髪のすき間から見えた二人の顔には、軽蔑も同情もなくて、本当に嬉しそうに笑っていたんだ。
そして、五郎次郎とかいうほうが、クスクス笑って言った。

「千熊、そんなに警戒しないでください。」
「…。」
「僕たちは、貴方の兄なんですよ。」
「…は?」
「そうそう。義父上たちと一緒に挨拶に来たはいいけど、途中でお部屋を追い出されてさ〜。一人でお城をフラフラしてるわけにもいかないでしょ?そしたら五郎次郎ちゃんも来たから、一緒に千熊ちゃんに会いに行こうと思ってここに来たわけ。」
「…俺の兄上は、千雄丸だけじゃあ…」
「いえいえ。ああ、でも僕たちは貴方が生まれる前に養子に出されたので分からないかな…」
「分からないも何も…」
「一応ママも一緒なんだよ?千熊ちゃんが生まれたときも挨拶に来てるんだけどね〜。やっぱわかんないよね。」
「いや、だから…」

この二人は、多分血縁だなと思ったけど。思ったけど!
今まで見ず知らずの人たちをどうして兄だと受け入れられるんだ?
突然の兄二人の登場に二人の顔を交互に見ることしかできないでいると、突然スラリと襖が開いた。
やってきたのは、兄の千雄丸だった。
今日の兄はいつもの着流し姿とは違い、襟元を正してきっちりと袴を着込んだハレの日使用ともあって、より近づきがたく思った。
が。

「ああ、みんなそっちにいたのか〜。」
「兄上。あちらのほうはよろしいのですか?」
「まあね。信景殿と勝興殿、それからなんでか吉良のオッサンまで入って何か話してる…俺もそっち行こうかなあ、ぎゃッ!」
「兄上!」

庭へ出ようとした兄は、慣れない袴を履いているからか、自分で裾を踏んづけて盛大に前へつんのめり、顔面から庭へ…盛親の目の前に転がり落ちてきた。

「大丈夫?千雄ちゃん。」
「〜〜〜〜っ痛ってぇ〜〜〜〜…、鼻ぶった…。」
「あ、兄上っ…埃、がっ気管にッゴホッゴホゴファッ!」
「ちょっ!五郎ちゃん汚っ!」
「ご、ごめんごめん!あ、千熊。大丈夫か?どっか当たったりとかしなかった?」
「あ、う、ううん、大丈夫…。」
「そっか、よかった。」


(あ…)


袴を土埃まみれにして眉をハの字にして笑う長兄は、なんとも情けなく笑っていたが。
初めて兄の顔を間近で見た。
その二つの眼の色を見て、つい息を飲んでしまった。


「失礼いたします!千雄丸様どうなさ……あらまあ、皆さま御揃いで。」

兄の声を聞いて駆けつけてきた侍女がやってきた。が、彼女達は何かいいものを見つけたとでもいいたげに、ただニッコリと笑って嬉しそうにため息をついてこちらを眺めている。


「千雄丸様、どこかお怪我でも?」
「あ、え〜と…その、ちょっと転んだだけだから。大丈夫だよ。それより親父が呼んでる?」
「ええ。皆さまをお呼びですよ。…しかし、こうして見ると…」
「?、なあに?」
「皆さまご兄弟ですね、よく似てらっしゃいます。」


侍女がまた、ホウと小さくため息をついた。
灰と紫の土佐の小さな華が4つ、そこに咲いていたから。


そうか、似てるのか…。しかし、どこがだろう?
兄3人は顔を合わせて笑いあっているが、盛親はなんとなく納得できなかった。
今さっき兄だと言われた人をすぐに兄上とは呼べないし、長兄だっていつも一緒にいたわけではないし…

でも、見つけたんだ。
同じもの。

「あはは。…ほら、千熊。親父のとこ行こう?」

長兄が差し伸べてきた手をゆるゆると掴み。
顔を上げると長兄の破顔があった。

「どうした?千熊。」
「兄上…俺と目の色同じだな。」
「……………そうだね、同じ色してる。母上とおんなじ灰色だ。っよし、じゃあ親父のとこに行くか!」


信親は末の弟を己の肩にかつぎあげ、廊下を走り出した。


「ぅわ!ちょっ、兄上降ろしてよ!」
「しっかりつかまってろよ〜っ」













信=13、和=10、忠=7、盛=4歳 くらいのお話です。
年齢は捏造ですので、史実ではないです。
盛ちゃんは小さい頃、歳の離れた兄弟=得体の知れない人だと思ってる。
それから人見知りするし、少しでも何かあったら周りと壁を作っちゃう子だったらいいなあと思ってこうなりました。
…あとで修正するかもしれません…

2008/09/20拍倉入り

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