三國ツイッター3文字 121〜 121:モブと凌統 ※モブというか完全にオリキャラです。男女どちらでも読めるようにはしておきました。 私は数年前、建業に出稼ぎに出ていました。 期限付きの出稼ぎだったのですが、その時お世話になっていたのは小さな薬屋でした。店主は皺枯れたお爺さんと、その奥のお婆さん。 2人も店も、長江の漣(さざなみ)のように穏やかで、でも私が何か失敗をすると、お爺さんは厳しく叱ってくれました。 小さな店でしたが、お爺さんのお爺さんが始めた老舗ということもあって、御贔屓してくださるお得意様の何人かいましたし、お爺さんが採ってくる薬草も、お婆さんが作る薬も、それは確かなものでしたし、何と言っても乱世のこの時世です、お客様に困ることはありませんでした。 私は年を取った二人の代わりに、お得意様やお客様の所へ薬を運ぶ事を任されていました。 色々な所へ出入りしました。 街の商家、小さな漁師の家、そして、大きな豪族様のお邸、武人のお邸…。建業の宮に行った時は、緊張で足が竦む思いをしました。 その中で、お父様の代から良くしてくださっている、若い将軍がいらっしゃいました。 とてもお若いのに、既に家を継いでいらっしゃって、お邸に薬を置きに行くと殆どは留守にしていらっしゃるのですが、時々、お邸にいらっしゃる時はわざわざお顔を見せてくださって、そして私の顔を覚えていてくださって、優しくお声をかけてくださるのです。 私は、そんな風に将軍にお声を掛けて頂いた日は、一日中ずっととても華やかな気持ちで過ごせました。 ある時、将軍のお邸に頻繁に薬を届ける時期がありました。 店のお爺さんやお婆さんや、将軍のお邸の使いの方のお話を聞いていた所、あの将軍が戦で酷い怪我を負われて、生死を彷徨っている状態なのだとか。 私はどうしたらよいか、わからなくなりました。 でも、私が出来る事は、薬を運ぶ事だけです。 私は、お邸に薬を届ける道中、無いも同然の頭で考えました。私には何が出来るだろうと。出来ることは思いつかないのに、それでも力になりたい。 背中の薬の重みに耐えるように項垂れ歩きながら、自分の足元にできる影を見ました。影は、私だけではない、道端の草木も落としている。 私は少し立ち止まり、私のこの影を作る太陽を仰ぎました。 そこには、雲ひとつない、とても晴れた青空と、まあるく光る太陽が一つ、そこにありました。 この空と太陽を、また将軍に見てほしい。 太陽は全てに影を作るけれど、それは形ある物を美しく見せるためのもの。 私は、道の花をひとつ摘み取り、薬と一緒に将軍のお邸にそれを届けました。 薬を届ける時以外にも、花だけをそっと、お邸の門の外に置いていく時もありました。 何度も何度も。今思えば、願っていたのでしょうね。 そして数十日後、将軍はお目覚めになったと耳に入り、私は心の底から安堵したのです。 そこで、私の出稼ぎ期間は終了しました。もう一度、将軍の元気な姿が見たいと思ったけれど、お元気ならばそれでいいのです。 田舎に帰る日。少ない荷物を背負って、とてもお世話になったお爺さんとお婆さんと、お店に礼をして背を向けました。 あの二人とは、もう二度と会うことはないでしょう。二人には後取りもいないし、もう薬屋を見ることもないかもしれません。それだけ、私の田舎はとても遠いのです。 建業の宮が、遠くなっていくのを背後に感じます。 ふと、道を歩いていたら、木の陰から人が突然出て来て、つい私は声をあげてしまいました。 その人は、あの将軍だったのです。 将軍はいつもお邸で見ていた時と同じ格好で、手を後ろに組んで束髪をゆらしながら、ゆったりと近づいてらっしゃいます。 近づいてくる将軍は、とても背が高くて、背の低い私はいつも見上げてしまいます。 ぴたりと、将軍が私の前に止まりました。 背をかがめて、黙ってそっと差し出された右手には、あの花。 将軍は笑っていました。 そこで私はやっと、将軍は私の太陽のようなものだのだと知ったのです。 あの時に頂いた花は、もう手元にありません。 でも、あの花は種をこぼし、私の田舎で咲き乱れています。 将軍は私をもう忘れてらっしゃるかもしれませんが、この空の下で影をつくる同志だということを、私は誇りに思いたい。 この花を見ると、私はいつもそう思うのです。 [*前へ] |