三國5 O(R-18) 樊城周辺の雨は未だ止まない。 甘寧は鎧を脱ぎ捨て、灯のない室の中で寝台に身を横たえていた。 屋根から落ちる雨だれが、窓のすぐ近くをぽたぽたと落ちる音を聞きながら、呂蒙の命がこぼれ落ちてゆくのを思い出した。 動かなくなって、どんどん冷たくなってゆく身体。雨が体温を奪っていくようで、必死に雨から守ろうとしても、呂蒙はただの抜け殻となってしまった。 屍は沢山踏み越えてきたはずだ。 また、自分が摘み取った命など数えきれない。 後悔などしない。だが、もっと守れなかったか、もっと分かりあえなかったか。 雨は静かに降っている。 流す涙を持ち合わせていない己の代わりに。 言葉も浮かばない己の代わりに。 涙を流している。 突然雨音が大きくなり、室内に風が吹いた。 入口を見れば、凌統が入口の戸を大きく開けて立っていた。 乱暴に戸を閉めて、速足でこちらに近づいてくる。即座に懐の双鉤に手をかけた甘寧に、凌統は馬乗りになって、上からじっと見つめる。 「何しに来やがった・・・。」 そういうのが精一杯だが、凌統の様子が少しおかしい。見下ろす瞳は、暗闇の中で妙に光っていた。 「・・・あんたにやれるものなんて、俺には何一つないわけよ。」 「・・・。」 「でもさ・・・。どうしてだろうねぇ、あんたが暗いと、俺もいつもの調子が出ねぇからさ。」 「・・・何が言いてぇ。」 「あんたのこと、何も知らないし。俺の慰めっていったら、これぐらいしか思いつかないし。」 すると凌統は自らの上着をゆっくりと脱いだ。 そして、髪の結い紐を解き、長い髪を少し揺らしながら、甘寧の両肩に手をやって、金色に淀む瞳を覗きこんだ。 ここは寝台の上なのに、ぽたりと何かが甘寧の頬に落ちる。 「・・・泣くぐらいなら、やるんじゃねえ。」 「泣いてねぇ。」 「誘ってんのかよ。」 「別に?このまま殺してもいいんだぜ。」 「・・・。」 甘寧は何も言わずしばらく凌統を見つめ、その目元の黒子を隠すように手を添えた。 「久しぶりだからね、お手柔らかに。」 (つってもこいつ、加減とか知らなそうだけどな。) (ま、俺も久しぶりっつったって、突っ込まれるのは・・・) そこまで考えて凌統は不敵に笑った。 もう後には引けない。 凌統は豪快に下履きを脱ぎ、再び甘寧の腰のあたりに跨る。 だが、すぐに体勢が逆転した。 甘寧が乱暴に凌統の腕を引いて、逆に組み敷いたのだ。その瞳は、得物の双鉤のように鋭い殺気に似た欲を孕んでいて、そうでなくちゃね、と凌統は小さく笑った。 甘寧の肩のあたりに目をやると、闇の中で僅かに甘寧の腕の彫り物が見えて、ああ、こんな模様をしていたのかと思ったら、べろりと鎖骨のくぼみを舐めあげられた。 獣に舐められたようで、凌統は肩を竦めた。 「・・・ぅ・・・」 凌統の髪が、寝台の上に黒く広がっている。 甘寧はそのうちのひと房を掬いあげて鼻を押し付けた。 あの時から手元にある凌統の髪は、こんな風に奴と一体になっていたのかと、深く息を吸い、吐く。 甘いような、懐かしいような、不思議な匂いがした。 「・・・お前、いい匂いすんな。」 「は?、ぁ・・・」 凌統は、甘寧がさり気なく呟いた甘い言葉に気を取られ、直後に甘寧の皮膚の分厚い掌に胸をまさぐられて、つい、くぐもった声を漏らしてしまった。 卑怯だ。 それで甘寧は完全に火がついた。次々と凌統の体のあらゆる場所を、手で、舌で撫で上げてゆく。 けれど、火がついたのは甘寧だけではなかった。 甘寧の腿に何かがあたった。それは凌統の勃ちあがった雄で、反射的に握りこむと、凌統は大げさに背を仰け反らせた。刹那、慌てたように自分自身から甘寧の手を引き離そうと、少し身体を上げる。 「おい!待てって、俺があんたを慰めてやろうって・・・」 「そんなもんいらねぇ。」 「・・・っ」 ぐり、と、強く親指を押しつけられて、凌統はきつく瞼を閉じ、唇を噛んだ。 いらねぇって、なんだそれ。 じゃあ俺は、なんで今あんたを相手にしてるんだよ。 しかし甘寧は凌統を弄ぶのを止めない。 息があがる。 そういえば、他人のを弄ぶことには慣れているけれど、誰かに身を委ねるのは・・・。 まずい。 でも、もう遅い。 甘寧の手が上下に動く。 身体が熱くなって、寝台の上に投げ出していた両足に力が籠る。 急激に昇り詰めて、息をしているのかも分からなくなる。 気持ちいいのか、悪いのか。でも、今途中で止められたらと考えると寒気がした。 生温かいものに中心が包まれて、飛び上がった。 甘寧の口だった。 熱い。逃げようとする凌統の腰を甘寧はしっかりと腕に抱え込んで、口を動かす。 「う・・・あ・・・っ」 「・・・。」 「あ・・・あっ、甘寧っ・・・離せっ・・・」 「・・・。」 「うう・・・ぁ、あ!」 頭の中が白くなって、身体が跳ねた。 どっと甘寧の口から何かが溢れた感覚。 一気に、辺りは静かな雨音と暗闇の世界に戻った。 でも、二人の熱は冷たい雨ですら冷ますことができない。 「う・・・」 これで貫かれるのは何度目だろうか。 凌統は、朦朧とした意識のなかで、少し考えた。 果てても果てても、甘寧は凌統を手放さなかった。 辺りは暗く、雨も止まない。長い夜だ・・・。 「っちょ、っと・・・!あんたそろそろやめろって!」 「凌統・・・」 「おい、聞いて、んんっ・・・」 べちゃりと舌を這わせられ、唇を塞がれた。 その間も、甘寧の腰は止まらない。 甘寧の欲は、その戦ぶりに似て酷く激しかった。 果たして明日は無事に馬に乗って建業に帰れるだろうか。理由が理由なだけに、無理矢理乗って行かなければならないだろうけれど。 自分から誘ったのだ、仕方がない。 凌統は、責任を持って激しい欲を受ける事にした。 (に、しても・・・) 「凌統・・・」 (どうしてこいつは、) 「・・・凌統・・・」 (名前、連呼するんだろうね。) りょうとう、りょうとう、と、さっきから何度も何度も呪文のように口にするのだ。 聞いているこちらが恥ずかしいと僅かに思いながら、凌統は甘寧の表情を盗み見る。 眉間に皺をよせて、切羽詰まっているように見える。どうして。気持ちいいから?それとも、悔しいのか? 風のように留まっていられず、すり抜けるしかできない自分に。消えない体温を探すように。 (・・・馬鹿な野郎だね。) なぜか胸が苦しくなって、甘寧の頬に手を伸ばした。 甘寧はその手をとって、手の甲に唇を落とす。 涙が出そうな程、柔らかい。 「凌統・・・」 「・・・っあぁ?」 「凌統・・・」 「・・・は、・・・っ何だよっ」 「・・・。」 甘寧は小さく笑って凌統の中で果てた。 すぐにどさりと凌統の体の上に甘寧の体が落ちてきて、荒い呼吸を繰り返しながら、縋るように凌統の背中に腕を回した。 ・・・ああ、可哀想な甘寧。 大事な物を、好きなものを奪われてやっと世界の脆さに気付いたか? なら、これから俺が言う言葉は、他の誰かに言われた事はあるかい? 「なあ、甘寧。」 甘寧が瞳だけをこちらに向けた。 「愛してるよ。」 呟いたところで、何も変わりはしない残酷な言葉。 あんたにとって、すり抜けてゆく残酷な言葉。 でも、確かに心はその中に詰まっていて。 「・・・嘘だっつの。」 言った後で、少しだけ胸が痛んだ。 ・・・自分の気持ちに嘘をついたような気がして。 でも、ほら。今更「あいしてる」、なんて、言えないだろ? それでも外の雨は止まない。 静かに、静かに闇を彩るだけでしかない。 [*前へ][次へ#] |