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モブ短編
微熱@(小説家信×担当隆)
こちらは現代パロの小説家信親×担当隆元のお話です。
以前のお話である「逃避」、「奔走」の続編となります。










空は青空。道には落ち葉が舞う、冬のにおいが薫る季節。
そんな中隆元は一人、とあるマンションの玄関で青ざめていた。


信親が出てこないのだ。


インターホンを数回押してみるけれど、待てども待てども返事がない。
今日はコラム連載の原稿を持ち帰らなければいけないし、大きな依頼が来た件を話さなければいけないので、どうしても話がしたいのだが…
時計を見ると、やってきてから30分は経っていた。

寝ている…とは思えなかった。
なぜだか先生は起床と就寝時間をちゃんと作っていて、それをしっかり守っているようだったからだ。


(外出してるのかな?)


だがしかし、あの先生は外出を極端に嫌う。
日常の中の消耗品もひとつなくなったぐらいでは外に出ないし。
以前、歯磨き粉にティッシュペーパー、石鹸が無くなっていても外に出ようとしなかったときは、なんだか呆れを通り越して切なくなり言葉も出なくなった。その様子を見て何か思うところがあったのか、それから先生は大量に日常品を買ってきてストックしているようだ。
外にはいない。多分。



もしかして、倒れているのでは…?
いやでも、なんだかあの人は滅多に外に出ないんだから病原体とかとは無縁…いや、待て待て。もしかしてあの部屋にしかいない病原体が先生の体を蝕み…いや、そんなのあるわけがない。

別の理由があって部屋にいないとか。
それは“ちょっとそこまで”レベルではなくて、地球の裏側に行くぐらいの…。
ありえない話ではない。あの先生ならやりかねないことだ。

そういえば…
隆元は考える。
最近は忙しくとも足を運べば何かしらの原稿はできあがっていて、コンスタントに執筆・提出してくれるから隆元の心労も薄らいでいた。

もしかして、先生は何もかも色々やる気がなくなって…もしくは本気で悟りを開かんべくどこかの国の秘境へ旅だったとか!そのためにここ最近、真面目に仕事をしてくれた、とか……。
むしろ、行き先は秘境どころではなく、極楽………


隆元はゴクリと唾を飲み込むと、慌てて自分の鞄の中をさぐりだした。
以前、先生が逃げないように家の鍵を奪い取って無理矢理合い鍵を作ったことを思い出したのだ。
鞄の中でやけに光っていた茶色の革のキーケースを鷲づかみ、中身の左から2番目にぶら下がっていた鍵をそのまま鍵穴にぶち込んで右へ1回転。


「先生!お早うございます!」


勢いに任せてドアを思いっきり開くと、いつもの静かな風景が広がっていた。
そう、静かな。
玄関も廊下も奥に見えるリビングも、何も荒らされてはいない。
何となくそろそろと靴を脱いで、一つ一つ部屋を確かめるように廊下を奥へと進んだ。

仕事場は特に変わった様子はなかった。
パソコン部屋からは気配がしないし、まず先生が中に居る所を見たことがない。
寝室の万年床となっている布団は、毛布が人一人分程めくれていた。

奥の方へ目を向けると、よくよく見知った黒髪がベランダで風にさわさわ揺れているのが見えた。


「…先生?」


後ろ姿は振り向かなかった。
近づきながら様子をうかがうと、ベランダの外で新聞紙の束を椅子代わりにして座り、顔の角度から何やら空を眺めているように見えた。
しかし、インターホンの音が聞こえなかったのではあるまいに。
さらに近づいてみると、信親の背中越しに見えた風景に、隆元は驚いてつい目を丸くしてしまった。

先生はベランダで小さな椅子に座って、ぼんやりと空を眺めていた。
その口には、煙草が一本。


しばらく前に、リビングに小さなシルバーの灰皿があるのを見つけた。
見たところリビングにしか灰皿はなく、部屋は煙草くさくなければヤニで壁が黄ばんでいる様子もない。来客用かと思えば、カウンターには使い古して変色したジッポとセブンスターの箱があったので、ああ、先生は喫煙者なのだと知ったが、実際吸っているところを見たことがなかったから実感が湧かなかった。
ああやって煙草を吸うのか…と隆元はその口元をじっと見つめてしまった。

しばらくすると煙草を銜えていた口が小さく開き、歯列の隙間から薄い煙が靄のように吐き出され、空の雲にとけるように消えた。


いつもと違ってなんだか怠けているようには見えない。どちらかといえば、呆けているようだ。
いつもの灰の瞳は空を写して青みを帯び実に綺麗な色をしていて、隆元は思わず口元を綻ばせ、カラカラとベランダの引き戸を開ける。


「先生、こちらにいらっしゃいましたか。」
「…。」
「先生、原稿を取りにきました。できあがっていますか?」
「…。」


こくりと、ひとつ頷く。


「どちらにありますか?」
「…。」


やはり先生は、ぼんやりと空を眺めたまま音もなく腕を上げて仕事部屋のほうを指差した。

その不思議な様子に小首を傾げながら隆元は示された仕事部屋に赴き、机の上にきちんと端の揃えられた原稿があるのを確認すると、再びベランダのほうへ向かった。

微動だにしない黒髪を眺めながら考える。
どうにもおかしい。
一言も喋らないなんてこと、今まであったか?
どうしたんだろうか、熱でもでたのかな?




ん…?




熱?










「せ、先生!!」


もしかしてもしかして!!
もしかして、いやきっとそうだ!先生だって人間なんだ!
ベランダに飛んでいった隆元は失礼します!というが早いか、意識がどこかに飛んでいるままの信親の額に自分の手を押しつけた。


(なんだこれは……!?)


それはもう、ちょっと熱っぽいとかいじらしいものではなかった。
手をあてる直前からその熱気が感じられるほどの半端ない高熱で、そのくせ本人の顔色は赤くもなく青くもなくまた汗ばんでもおらず、至っていつもと同じ表情だったのだから、隆元は最近忘れかけていた胃痛と眩暈を一瞬にして思い出した。
が、この常軌を逸脱している先生はといえば、冷たい隆元の手が気持ちいいのか手に手を取って頬をすりよせてくる。


「隆元の手……ひんやりしてて気持ちいい…。」
「先生が熱いんです!ご自分で熱があるって気づいてなかったのですか!?」
「あ〜………そうだったのか…どおりで…何かおかしいと思った…」
「おかしいなら連絡をくださいっ!ていうか煙草!煙草を消してください!」
「どうして?」
「熱があるのにっ…煙草は体に毒だからですよっ」
「いつもと違うことしたら治ると思って…外に出てお日様に当たったら治るかなあとか…」
「植物じゃないんですから……ていうかそういう問題じゃありません!ああ、もう!ちょっと待ってください!!」


信親の手から手を振りほどくと、その口から煙草を引き抜き傍に置いてあった灰皿でもみ消した。
それから慌ててリビングに走り込んで体温計を探して本棚やら引き出しを引き抜いてみたが、一向に出てこない所か救急箱すらない。
…仕方ない。
もう一度ベランダに行き、呆けている信親の腕を掴んで半ば無理やり立たせて、その辺にあったジャケットを先生の背中に引っかけて、ついでにタオルもあったから首に巻かせた。そして自分より大きな信親の体を支えながら、玄関に置いたままのカバンを手に持って外へ歩き出した。


信親はぼんやりと斜め下の隆元の顔を眺めながら首をかしげた。


「どこ行くの〜…?」
「医者です。薬も体温計もないのではなんの施しようもありませんからね。」
「…医者…。」



それから信親は何も言わなくなり、隆元がひろったタクシーに大人しく乗って病院へと向かった。










Aへ続く。






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あきゅろす。
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