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二話 鈍痛は接近の証
几帳面を通り越して神経質な形兆であるが、学校での素行はよくはない。
彼には学校以上に大切な目的があり、そのためには学校に通っている暇はないのだ。
学校をサボりがちになりながらもキープしている中の上の成績は、言わば彼の意地とプライドの成せる技であった。
形兆が数日間学校を休んでいた間に、クラスで席替えが成されていた。そのこと自体はどうでもいい。
窓際の一番前の席は授業もきちんと受けられるし日当たりもよく、好きな位置であるからだ。
隣に座る人物に形兆は眉をしかめる。
「こんにちは、虹村くん。学校休んでたけど体調平気?」
砂原香澄――自身と同じスタンド使いと言うことで形兆に並々ならぬ親近感をいだいているらしいクラスメイトが、登校してきた形兆を見てにこやかに微笑んだ。
思わず顔が引きつる。
しかしすでに決定している席順に抗議をすることも出来ず、形兆は溜息をつく。
そんなふうにして、香澄が隣にいる日々は始まった。
「虹村くん、おはよう」
「ああ」
「今日はご機嫌だね」
朝の挨拶。本を読みながらの気のない返事に、香澄が首をかしげた。思わず読書をとめて香澄を見る。
「まあ……悪くはないが」
にやついてでもいただろうか、と形兆は頬を引き締めた。
香澄は納得したようにうなずくと、形兆の本に視線を移す。
「その本、面白い?」
「それなりにな」
「どういうあらすじか聞いてもいいかな」
香澄はくすりと笑いながら、形兆に尋ねた。形兆は香澄をまじまじと見る。
猛攻撃! というようなアタックはされないが、こうした会話の糸口を探すような質問は度々受ける。距離を縮めたくて共通の話題を探しているように思え、形兆としてはたまったものではない。
無視しようかと思った形兆は、あえて口を開いた。
「軍モノだぞ、タイトルで純愛モノだと思って買うと痛い目見る」
「そうなの? どーいう内容?」
「ある傭兵の一生を発展途上国の視点から見た社会派で――」
いかにもつまらなそう内容に感じるよう、小難しい言葉を交えて説明する。確か香澄はさほど成績はよくないと記憶しているから、これで会話レベルが合わないと悟って離れてほしい。
形兆の思惑を知らない香澄は、意外にもその説明に食いついた。
「えっ!? それで主人公はどうなっちゃうの!?」
「そこで物語はいったん幕引きだ。以降は主人公を観察していた少年の視点になる」
「えええ、生きてるよねぇ主人公!?」
香澄は目を丸ませて、うんうんと相槌をうちながら形兆の言葉を聞いた。
聞き上手、ということなのだろうか。小難しくざっくりとだけ説明する気だった形兆は、気がつけばいま読んでいるところまでのあらすじを懇切丁寧に説明していた。
「……というわけで、ジョニーが泣きながら彼の胸にナイフを突き立てたところで」
「と、ところで……?」
「先はまだ読んでない。……お前が話しかけなきゃさっさと読み進められたんだがな」
「あ、ごめんね。読書の邪魔しちゃった。でも虹村くん説明上手だね、よかったらまたお話ししてほしいな」
「それは断る」
「即答はやめてよー」
冷たい言葉にもめげずに、香澄はくすくすと笑う。
思っていたよりも話し込んでいたことに気づき、なんとなく形兆は座りが悪くなった。
次の日香澄が、形兆が紹介した本を読破してきて、また盛り上がる。柄になく熱中していたことに気づき、やはり形兆は座りが悪くなったのだった。
形兆と香澄は、互いに読んだ本の内容でちょくちょく話すようになった。本の好みが一致するわけではないが、好みが違うからこそ話が弾むし興味深いのだ。
最初のやりとりはそんなもので、朝のHR前の暇つぶし程度のそんなものだった。
形兆と香澄が接近した出来事はある日の昼休みだ。
昼休みにクラス外にでかけた香澄が授業時間までに戻ってこなかった。
『砂原はサボるようなやつでもないし、病弱だからどっかで倒れてるかもしれない。虹村探しにいってくれよ、隣の席だろ』
隣の席。そんな理由で香澄の捜索を教師に押し付けられ、形兆は苛立ちながら学校の廊下を歩いていた。保健室にはおらず、空き教室を探すも見つかる気配がない。
――どこに隠れてるんだ、あいつは。
舌打ちをしそうになったとき、窓の外にそれらしき人影を見つけた。
裏庭だ。
窓から出て近づくと、それは香澄の後ろ姿だった。
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