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第12話 敵意の徴候
愛用のピアスが壊れた。
金具部分ではなく、ピアスそのものがぺっきりと壊れてしまったのだ。
耳たぶを静かに飾るガラス玉は安物だが、結構気に入っていたものだ。
ずぶずぶと沈んでいく気分を変えようと新しいピアスについて考える。どんなものがいいだろうか。いっそ思いきり耳にぶら下がる大きなピアスもいいかもしれない。
結局溜め息を吐いた。
このところついてない。
ついてないどころの話ではない。
失敗続きだ。
すべて自分が撒いたタネなのだと思うと、怒りと鬱屈をどこに向ければいいのかわからなくなる。
形兆はぐっと眉間のシワを深め、ピアスの残骸をゴミ箱へと勢いよく放り投げた。
――もう、俺に関わるな――
首を絞めてそう拒絶したその日から、香澄はぱたりと形兆の前から姿を消した。
学校を休みがちになり、登校してもすぐに保健室へと向かう。いつも通りをよそおいながら、形兆には決して話しかけようとしない。能力を知ってからのような、もの言いたげな視線もなくなった。
形兆の存在を認識すらしていないような態度で振舞う。
「香澄ー、あんた、ほんとに最近体調大丈夫ー?」
「心配させてごめんね。大丈夫だよー季節の変わり目だから体調崩しやすいの」
昼休み。保健室から教室に戻ってきた香澄の周囲を、クラスメイトが取り巻く。
首を絞められた後遺症ゆえか、香澄の声はわずかにかすれている。いつも通りに振舞うものの、その言葉はうわべだけをなぞるように無機質だ。
その声を聞くたび、形兆は言外に責められているようで不愉快になる。
形兆は耳に入ってくる会話を無視して、本を広げる。香澄と断絶してから、億泰は形兆のクラスに寄り付かなくなった。
だから形兆は以前のようにひとりで弁当を食べ、ひとりで本を読む。
そこに、クラスメイトがやってきた。形兆の肩を叩いて本から顔をあげさせる。
「虹村ー、お前も砂原の心配してやれよ。彼氏だろぉ〜?」
「あぁ?」
いまもっとも触れられたくない話題を差し出され、形兆は眉根を寄せた。
視線を感じて教室を見渡す。
教室の隅で、香澄は男女の集団に混じって食事をしていたようだ。一塊になった椅子にひとつだけ空席があるから、目の前のクラスメイトはそこから形兆の元へと来たのだろう。
不機嫌さをあらわにする形兆を、クラスメイトは照れていると勘違いでもしたのか。香澄の隣にいる女子が楽しそうに野次を飛ばす。
「いー加減白状しなさいって! 彼女が体調悪いんだから、恥ずかしがらずにちゃんと世話してあげなさいよねー」
「ちょちょちょ、けいちゃん……」
眉をさげて困った顔を浮かべた香澄が、女子の肩を揺らした。女子の口がふさがると、今度は真向かいの男子が形兆と香澄の仲をはやしたてる。
このクラスはこと色恋沙汰となるととたんに結束力を増す。
からかいの波は香澄のいるグループから他のグループにも広がって、形兆と香澄はクラスメイト全員に注目されてしまう。
大きな笑いに二人だけ取り残されて、形兆は舌打ちをこらえた。
今回の件に関してのみ言うのであれば、クラスメイトは純粋に香澄を心配するが故のからかいだろう。
体調を崩し休みがちになった香澄が、クラスに居づらくならないように、という。いつもの明るさを装うもののどこか無機質で、ふさぎがちになっている香澄を明るく励まそう、という思いもあるのかもしれない。
まったく持って逆効果だ。
「ほうら、さっさと観念しろよ、虹村! まったく砂原なんでお前みたいなやつを――」
耳障りな声が頭の中で反響する。
心がざわついて気持ちが悪い。
形兆が両手を振り上げ机に叩きつけたのと香澄が立ち上がったのはほぼ同時だ。
二人が発生させた大きな音で、教室は急に静まり返った。
クラスメイトたちの笑いがひくついたものになり、様子を伺うように二人を見つめている。
「やめろよ」
「やめてよ」
形兆の低い声と香澄のかすれた声が重なる。
思わず互いに見合わせて、すぐに顔ごと視線をそらす。
「前にも言ったけど、わたしたちそういうんじゃないから」
諭すような説明はひどく冷ややかだ。うわべだけを撫でるように無機質な声音と貼り付けた笑みが、異様な空気を教室に充満させる。
どう反応すればいいのかわからないと言った様子で、クラスメイトたちは香澄を伺って困惑している。
続けて言葉を発しようとした香澄が、言葉の途中で不意に咳き込んだ。
最近毎日着るようになったタートルネックごしに首を押さえて、背中を丸める。
「香澄……へ、平気?」
「ごほっ、がほ……だ、だいじょうぶ……。ごめん、保健室行くね……」
「あ、つ、付き合うよ」
女子に背中をさすられながら教室を出る香澄にあわせて、形兆も反対側の扉から教室を出る。
お互いを見ようともせずに互いに背中を向けて、別々の場所へと移動した。
別れたのかな、という遠慮がちな呟きが教室から聞こえて、形兆は今度こそしっかりと舌打ちをこぼした。
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