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第10話後編 2

 処理を終え、雑巾を片付けた形兆が香澄に向き直る。香澄はまだ床にぺたんと座っていた。
 香澄は所在なさげにしながら、形兆を伺っている。
 これからどうしたものかと形兆自身も思ったとき、スカートの上で組みあさっている手に赤みがあることを思い出した。
 女に踏まれていたところだ。
 形兆は香澄の前でしゃがみこんだ。
 怯えたように形兆から目をそらす香澄に、形兆は眉根を寄せた。

 形兆が怖いのだろうか。あの女と同じようなことをすると、怯えているのかもしれない。

 気がつくと形兆は香澄の手を掴んでいた。
 目を丸くする香澄を視界に入れながら、無意識のうちに香澄を抱き寄せる。
 香澄の額が形兆の肩口にぽすんと当たった。
 香澄の身体がギクリとこわばる。反応はそれだけで、拒絶ではなかった。

 ――なにしてんだ。俺は。

 自分の行動に自分で戸惑った。脳内では再び警鐘が鳴り響いている。

 現状ではまだ、香澄が形兆にもたれかかっているだけだ。
 しかし腕を背中に回せば、明確に『抱きしめる』姿勢になるだろう。
 形兆の手が持ち上がる。本能と理性がせめぎあい、指先は震えた。
 するりと背中に手を滑らせたくなる。細いからだの抱き心地は熱に浮かされていて覚えていないが、ほっと安心するような感覚だけは覚えている。

 形兆の指先がピクリと動いた瞬間、授業開始のチャイムが鳴り響いて二人はとっさに身を離していた。

「っ……!」

 香澄の顔はみるみると赤くなり、唇を引き結んで身体を両手で抱きしめた。すわりながら両足をしゃかしゃかと動かして形兆から距離をとろうと試みる。
 すぐ壁に後頭部が当たって、香澄はあうっと痛みに顔をしかめた。
 言葉にならないのか、唇をぱくぱくと動かしては「ああ」とか「うう」などとうめいて、身をよじって横目で形兆を見つめる。
 反射的に発動したらしいピンクスパイダーはへにょへにょしつつも、香澄の羞恥心を形兆に伝えてきた。そういうふうにあからさまに香澄が恥らうから、形兆はどうにか冷静になれた。

 ――なにをしようとしてたんだ、俺はッ!!

 思わず叫びだしそうになる。頭痛がしそうだ。
 とはいえ、香澄の手はそのままにしておける問題ではない。
 形兆は自分の感情を押し流しように深呼吸して、香澄に向き直った。

 形兆がゆっくりと香澄に近寄る間、香澄は逃げ出すということをしなかった。身体を竦ませて、頬を染めたまま怯えるように形兆をうかがう。
 たじろぎつつも形兆の目をじっと見つめる視線は愛玩動物の向きさえある。

「バカかよ、おめー」
「あうっ」

 香澄の額に容赦のないデコピンをかますと、香澄はかわいらしいうめき声をあげて肩を跳ね上げた。

「人がせっかく手当てしてやろうってのによォ〜。おら、手ェ出せ」
「え、えっ? でもさっき――」
「あぁ?」
「う……な、なんでもないです」

 香澄は形兆に促されるまま片手を差し出した。
 ピンクスパイダーは言葉に含まれた感情すらも聴き取るが、それだけだ――と香澄は言っていた。本心でどういう思考をしているかはわからないのだろう。

 いま形兆は香澄の恥らう反応を見て、多少なりとも落ち着きを取り戻している。数瞬前に感じた後悔や動揺を、香澄のピンクスパイダーは気付けない。
 だから、香澄は頬を赤めながらも形兆から逃れようとしない。「気のせいだったの?」と言いたげな表情で首をかしげているのみである。
 ――無警戒なやつ。
 誰かに押し倒されたとき、香澄は流されるがままになってしまうのではないかと他人事ながら不安になった。



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