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22話 6

「……なんだこりゃ。新手のわなか?」
「なんだかすごく必死みたい。形兆くんがわりと本気だったって、わかったんじゃないかな」
「つまり俺に怯えて、物返すってか? まあ俺としてはバッチさえ戻ってくればよかったわけだが。しかし……こいつ結構溜め込んでたな」
「しょ、職員室に届けよっかー」

 窓枠に置かれている光物の山を見て形兆は眉をしかめた。香澄は苦笑する。
 先ほどとはうってかわってヘコヘコと形兆を伺うカラスは、形兆の怒りがおさまったことを知ると巣へと逃げ帰っていった。
 嵐が過ぎ去って、二人はしばしぼんやりとする。先に我に返ったのは香澄だ。
 形兆の制服の裾を握って、腕をゆるめてくれとアピールする。

「あの。も、もう……」
「あぁ……悪い。顔大丈夫か」
「うん、虹村くんが守ってくれたから。虹村くんは?」
「俺も特には」
「よかった」

 お互い負傷がないことを確認すると、ほっと息を吐く。
 はにゃーっと安堵の笑みを浮かべる香澄を見ていると、形兆の不安も溶けていくようだ。すこし乱れた髪の毛を整えている最中、はっとする。

 ――だから、何で俺がいちいちこいつの心配しないといけないんだよ。

 香澄の怪我や病気には必要以上にうろたえてしまう。億泰相手ならばさっさと捨て置くが、それが出来ないのは香澄が女だからだろう。
 香澄は特に病弱だから、痛め付けると無視できないほど罪悪感が芽生える。他人に攻撃されているのを見れば頭に血が昇る。
 香澄の前で残忍なスタンド使いになろうとしても、最後の一歩でうまくいかないのはそういう理由だ。
 形兆の弱点を――甘えであり、捨て去るべき人間性を、香澄は形兆の奥底から引きずり出すのだ。

 形兆は無意識のうちに香澄の髪の毛をさらさらといじくっていた。そのままじーっと香澄を見つめていると、何も知らずに香澄はぎこちなく笑みを浮かべた。
 香澄を殺すべきだという考えは消えてなくならない。だがもう実行する気はなかった。

「誰かを懐に入れるっつうのはマジで面倒だな……」
「えっ!? ごめんなさい、わたし抱き心地悪いよね……いや、知ってる……」
「いや、んなこと言ってねぇよ」

 形兆の重い溜息を勘違いした香澄がしょぼんと肩を落とす。何をそこまで、というほど落ち込みはじめた香澄に形兆は戸惑う。
 香澄はうかがうように形兆を見つめた。言葉の意味を説明することもはばかられ、しかし抱き心地がいいなどとフォローすることも抵抗がある。
 結局形兆は、香澄の頭を掴んでむりやり下げさせるような形で掌を押し付けた。

「……さっさと帰るぞ」
「あ……うん! ありがとう」
「なにがだよ」
「んーふふ、なーいしょー」
「……。言っとくが別にお前待ってたわけじゃねぇからな」
「なにも言ってないのに自分から否定するのはあやしいなぁ〜。いたぁッ!」
「うるせーのが悪い」

 ぶつくさ言いながら身支度を整え、道中職員室にカラスが置いていった光物を届けつつ学校を出る。
 学校の正門を出ようとしたあたりで、形兆の二歩後ろを歩く香澄が不意に顔を上げた。

「そういえば、虹村くんの知り合いに会ったよ」
「知り合い?」
「この前、夜。散歩中に会った人」

 形兆はスタンド使いの女医を想像した。しかし、あの場に形兆が居たことに香澄は気付いていないので違うはずだ。


「ほら、夜わたしを家まで送ってくれたとき
「……チッ。なぜ、あの男がここに……」

 得心が言って、形兆はあからさまに表情をゆがめた。

 形兆を襲ったスタンド使いを撃退した夜のことを言っているのだ。
 あの日形兆はあるスタンド使いの男に助けられた。たまたま香澄がその場に出くわし、香澄は死体に気付かなかったおかげで九死に一生を得た。

「あの男と会ったのか」
「うん。校門前で……てっきり虹村くんを待ってたのかと思ったけど」

 学校の関係者をターゲットにしているのだろうか。
 どうでもいい話だ。
 ただ男がスタンド能力を『活用』し世の中を混乱の渦に陥れていることを考えると、形兆のほのぐらい復讐心がわずかに満たされる。

「あんまり、聞きたくない人だった? あのときの虹村くんすっごく気が立ってたよね……苦手な人なの?」
「……いや。別にどうでもいい。ただろくなやつじゃないことは確かだ」

 俺よりはまだマシだが、と心のなかで付け加える。

「んー……そうなの? そんな悪い人には見えなかったけど……あんまり話してないからな」
「見た目で内面が判断出来るわけねぇだろ。世の中優しげなツラしてるほうが悪党だ」

 言葉は自然と荒くなり、香澄はびくんと体を竦ませた。
 しまった、と思う。なにか言おうにもなにも言えずに形兆は黙り込む。
 くるりと踵を返して、再び歩き出す。

「……とにかく、あの男と会っても素通りしろ。話すな。それとあの女医にもだ」
「ん、んぅ。わかった……虹村くんがそう言うなら、そうする」
「それでいい」

 香澄はあまり納得していないようだったが、形兆に抗議することはせずそのまま黙り込んだ。
 知らず知らずのうちにスピードが出ていたのか、小走りになった香澄が形兆の服の裾を掴んだ。はっとして形兆は歩幅を緩める。
 かなり遅めに歩いても、香澄は裾を離さなかった。それどころか形兆の腕をぎゅっと両手で握り締める。
 香澄が形兆に寄り添って腕を組む形だ。

「おい……」
「あのね、虹村くんはとっても優しいひとだよ」
「あぁ……?」
「虹村くんはちょっと不器用なんだよ。それだけ。で、わたしはそこがね……虹村くんのいいとこだと思うの」
「いきなりどうした、お前」
「んと、その……うまいこといえないけど。でも、相手見て言うこと変えるとか、そういうんじゃなくて、わたしのほんとの気持ち。ほんとなの」
「……励ましてるつもりかよ、それ」

 腕を振り払うと、香澄はひどく傷ついた顔をした。
 形兆の一挙一動で香澄は傷ついたり喜んだりする。そのように慕われる理由など、形兆にはないのに。
 口元をこわばらせたまま、形兆は香澄の肩を抱いて引き寄せた。
 もう日が落ちつつある。周りには誰もいない――だからこれぐらいはいいだろうと言い訳しながら、香澄の肩をぽんぽんと触れる。

「怖がらせたな」
「んーん、へいきだよ。でもあんまり……危ないこととか……」

 香澄の言葉は尻すぼみになって消えていく。
 危ないこととかしないでね、という遠慮がちな言葉は聞こえていた。
 形兆が動物虐待以上の犯罪を犯す殺人者だと知ったら、香澄はどのような反応をするだろうか。

 香澄の呟きを聞こえないふりをして、形兆は腕のなかの香澄を見ないで前を見つめた。香澄が自分を見ているとわかっていたから。
 夕焼けが二人の背後に細長い影を浮かべて、やがて夜の闇へとしずんでいった。









2014/7/31:久遠晶

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