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第三話 レシピノートは仲直りの幸先
砂原香澄に絶対に心を許してなるものか。
そう固く誓ったものの、だからと言って接触を避けることは出来ない。
形兆は隣同士の席を恨んだ。
「虹村くん、おはようー」
「……」
形兆は憮然として、隣の席に座る香澄を睨む。香澄は形兆の表情を受けて、困ったように眉を下げて笑った。
億泰と香澄との登下校の日から無視を続けているが、それでも毎日挨拶してくるのだから、懲りないというべきか律儀というべきか。
いつも通り授業を受け、形兆はひとりで昼食を取る。
この日の5、6時限目はロングHRだった。学校行事のあれこれの話し合いは、行事に意欲的ではない形兆にとってはどうでもいい内容だ。
難航する話し合いは無駄に時間を浪費し、なにひとつとして進まない。
しだいに教師も生徒も苛立ち始め、険悪な雰囲気が教室内に立ち込め始める。
形兆も苛立つひとりだ。さっさと開放されたい。
窓を叩く篠突く雨が陰鬱な気分を助長させる。
「うう……」
形兆が舌打ちをしたとき、隣から香澄のうめき声が聞こえた。
香澄は耳と側頭部を押さえてぐだりと突っ伏す。顔色は悪く、脂汗が浮き出ている。
どこからどう見ても体調不良の風体だ。
「……お前、大丈夫か」
うめき声が耳障りになって声をかける。形兆から声をかけるなどなかなかないことだ。
香澄は力なく首を振った。
「腹でも痛いのか」
「まぁそんなところ……こういう険悪な雰囲気って苦手なの。場に呑まれるっていうか……」
説明する言葉にも力がない。いつものふわりとした柔らかな声ではなく、息もたえたえなかすれ声だ。
「保健室行ったらどうだ。隣でうめかれると迷惑なんだよ」
「う……ごめんね。でも大事な話し合いだからちゃんと聞いてないと……」
机にへばりつきながら優等生なセリフを吐く香澄に形兆は眉をしかめる。
舌打ちをしようとして、形兆の頭にある妙案が浮かんだ。
形兆は教師の言葉をさえぎるように立ち上がった。
「砂原が体調悪いみたいなんで保健室連れてきます」
「お? おおそうかー砂原大丈夫か――って」
「わ、わたしは平気で――あうっ」
机から顔を引き剥がしてやせ我慢をする香澄の制服の襟首を容赦なく掴む。
香澄を荷物かなにかのように引きずって教室を出る。
「……あれ、体調不良の人間への扱いかたじゃねぇよな」
「虹村は鬼か」
形兆が教室の扉を閉めたあと、唖然としていたクラスメイトたちが顔を見合わせた。
「に、虹村くん! わたし、本当に大丈夫だから。話し合い出れるよ」
「うるせぇ」
廊下を歩いてしばらくすると、形兆は突き放すように香澄の襟首から手を離した。不毛な話し合いの場から脱出できた形兆にとって、もはや香澄は用済みだ。
ふらついた香澄がよたよたと壁にもたれかかる。
「じゃ、てめーは保健室行ってろ。教室には戻んなよ」
「へ? 虹村くんは……」
「俺が保健室連れてかなかったことゲロったらぶっ飛ばすからな」
「あぁなるほど……おサボりね」
香澄は青ざめた顔で頷いた。
「心配してるよ、なんて嘘つかないから虹村くんっていい性格してるよね」
「喧嘩売ってんのか」
「褒めてるんだよ。……虹村くんのせいで話し合い出席できなくなったんだから、こんど埋め合わせしてよね……じゃあ」
力なく、呟くように言うと、香澄は壁を支えにしながら保健室の方向へ廊下を歩き出した。
自力で歩けないほど体調が悪いようだが、形兆には関係がない話だ。形兆は踵を返す。
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