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第11話 咆哮は断絶のシグナル

 形兆と香澄はぎこちなく距離を取りはじめた。朝会えば、視線を交わすだけの挨拶はする。
 必要になれば世間話だって交わしてみせるが、それだけだ。
 香澄は授業中、上の空になることが多くなった。形兆越しに窓を見つめる視線がぼんやりと惚けていて、それが視界に入ると気になって「授業に集中しろよ」と小声で注意する。香澄ははっとして、慌てて黒板に向き直ってノートを取りはじめる。
 接触といえばそれぐらいで、傍目からは気付かれないぐらいの速度で二人は緩やかに関係を絶ちはじめた。
 後ろ髪引かれる気分ではない――といえばうそになる。
 香澄に友情を抱いているのはごまかしようがない。
 とはいえ、すべてを悟られるわけにはいかないから、形兆は自分の好意に気付かないふりと決め込んだ。

 億泰は香澄と遊べないのを寂しがって、形兆の前でよくぼやいた。

「な〜んか寂しいなァ〜ッ。でも、あのことで嫌われてないならよかったぜ」
「アイツのことなんかどーでもいいだろ。それよか次のテストで赤点取ったらぶっ飛ばすぞ」

 そんなふうにして日々は静かに過ぎ――ある日のこと。

 夜中、弓と矢を持って街に繰り出していた形兆の耳に、バタバタとした誰かが駆ける足音がいくつも聞こえてきた。
 逃げる足音と追いかける足音だ。繁華街にほど違い場所だから、面倒ないさかいが起きてもおかしくはない。
 足音は形兆の方向へと近づいてきたが、形兆には関係のない話だ。そのまま路地裏を突っ切ろうと歩く。
 路地裏を抜け、通りに出る瞬間。
 飛び込むように走ってきた香澄とぶつかりそうになった。
 お互いブレーキをかけて衝突は防いだものの、突然のことにお互い顔を見合わせてしまう。
 香澄の頬には殴られたように腫れていた。

「おい! あの女見つけたか!?」
「確かこっちのほうに――」
「……!」

 不良たちの騒がしい声に、香澄は表情を変えて振り返った。
 慌てたように周囲を見回す。形兆を押しのけて路地裏を行くよりも、別の道を探したほうがいいと判断したのか。
 香澄はスカートを翻して別の道へ逃げようとした。
 反射的にその手を掴む。

「待て」
「……ッ!?」

 手首を乱暴に引き寄せて、ビルの壁に肩を押し付けた。
 声を殺してうろたえる香澄の足の間に膝をねじ込む。足を開かされた不安定な姿勢になると、重心の関係で香澄は動けなくなる。

「虹村くん、な、に、を――」
「目ェつむれ」

 か細い抗議の声を掻き消すように、形兆はかがむようにしながら香澄にぐっと身を寄せた。ビルの壁面に腕をべっとりとつけて、香澄の顔を覆う。

「確かあの女、こっちのほうに……」

 ぶつぶつと喋りながら、不良のひとりが形兆と香澄のいる路地裏を覗き込んだ。
 香澄の顔は形兆の身体に隠れて見えないはずだ。せいぜい、形兆の太い足の間から、細い女の足が垣間見える程度だろう。
 案の定、不良は眉をしかめながら別の場所へ行く。
 足音が遠くのほうに響いていったのを確認して、形兆は香澄から身を離した。
 念のため路地裏から顔を出して、通りをきょろきょろと見渡す。

「行ったみたいだな。お前いったいなにして――砂原?」

 香澄は形兆に押し付けられたときの姿勢のまま硬直していた。ぷるぷるしながら目をつむって、顎をわずかにあげた状態で唇を引き結んでいる。
 その顔は真っ赤だ。汗が流れているのは走っていたからだろうか。

「おい、なにしてんだ。もうしなくていいぞ」
「ぇ……?」

 香澄が薄目を開けて形兆を見つめる。その目はかすかに潤んでいるようにも思えた。
 形兆は通りのほうを顎でしゃくった。

「あいつら、もう行ったみてーだからな」
「……あ、あぁ、そういうこと。……き、キス……されるのかと思っちゃったよ……」
「は!? お、お前じゃねーんだしするかよッ」

 顔を赤くしての言葉に、返す言葉が意図せず大きくなる。声がひっくり返るのは阻止できたが、そんな努力もピンクスパイダーの前では大した意味がないのかもしれない。しかし最低限のプライドは維持できた。

 夜、弓と矢を持って街を徘徊していたらば、不良に追われた香澄が路地裏に飛び込んできた。目の前で喧嘩に発展されるのも迷惑なので、不良を振り切るのに協力してやった――というのがコトの顛末だ。
 誤解されるようには仕向けたのはその場の機転というやつで、断じて甘い感情はない。 香澄はその場にずるずるとしゃがみこむと、わっと顔を覆った。ちらりと覗く耳は真っ赤だ。

「だって、だって怒ってる感じじゃなくて壁にどんってされたんだもん、勘違いしない子いたら教えてほしいよ」
「うっせーな……つうかお前、キスされると思ったんだったら抵抗しろよ……」
「そうする暇もなかったっていうか……」

 言い訳は力ない。
 押し倒れても流されるままになってしまうタイプという予想が真実味を帯びてきた。形兆には関係のないことだが、この危機感のなさは年頃の少女として由々しきことなのではないか。

「……虹村くん、なんかものすごく失礼なこと考えてない」

 じとっと責めるような瞳を向けられる。ピンクスパイダーで気取られたか、と思った後、沈黙していたことに気付く。
 形兆の心中を表情で読み取ったのか、香澄はあからさまに大きな溜息を吐く。拗ねたように唇を尖らせながら、自身の膝の上に顎をうずめた。
 頬の赤みは引きつつあったが、まだほんのりと色づいている。

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