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第7話 立ち入り禁止は解りあえない証拠
次の日。
容態が回復した形兆は朝、目を覚ました。
すこし熱っぽく喉も痛いが、学校へいけないほどではない。起き上がって学生服へと着替え始める。
一日で風邪が治った理由に、ずっと形兆のそばに付き添っていた香澄の存在があることは間違いないだろう。門限もあるだろうに、香澄は夜の十時まで虹村家まで留まっていた。
形兆が看病してくれと頼んだわけではない。頼んだわけではないが、素直に感謝の念は巻き起こる。それを本人に伝えるかどうかは別の話だが。
「兄貴、おはよー……体調平気か?」
「まあな」
リビングに行くと、ちょうどねむけまなこの億泰がパジャマ姿で部屋から出てきたところだった。返事をしながら朝食と弁当を作ろうと冷蔵庫を開ける。
弁当箱がみっつ、冷蔵庫に入っていた。出してみると調理済みのおかずがはいっており、白米を入れればいつでも弁当として出撃できる体勢になっている。もちろん形兆はこんなものを作った覚えはない。
「あ……香澄が昨日、今日の分の弁当作ってくれてたぜ。朝飯は昨日のにくじゃがで充分だし、兄貴はなにもしなくて大丈夫だぜ」
「あの女……」
思わず舌打ちをした。
看病をしてくれた、どころの話ではない。
学校に行こうが行くまいが腹は減る。動けたとしてもいつも以上に体力を消耗するだろうと気遣って、弁当まで作っていたとは。
ここまで気遣われるだけの深い付き合いをしてきた覚えはない。形兆は三人分――ひとつは父親の分だろう――の弁当を見ながら、顔をしかめた。
教室に入った瞬間、クラスメイトの談笑がぴたりと止まった。
自分に集まった視線に、形兆はとっさに身構える。教室に香澄の影はない。香澄はいつも形兆より来るのが遅いのだ。
「虹村……」
ひとりの女生徒が立ち上がって、椅子ががたりと音を立てた。
ほうけたような瞳で見つめられて息がつまる。幽霊でも見るような瞳だが、一日休んだ程度でそのような表情をされるだろうか。皆勤賞クラスの人間ならともかく、形兆は休みがちな生徒なのだ。
女生徒はふらふらと形兆の前までやってくる。
「俺になにか用か」
「虹村ッ!! 昨日香澄となにがあったの!?」
女生徒が形兆の胸倉を掴むと、ほかのクラスメイトも一斉に形兆に群がる。
「いつの間に砂原と付き合ったんだ!?」
「おいお前ら」
「学校サボらせてまで看病させるとか、あんたどんだけなの!?」
「おい」
「どこまで行ってるのよあんたたち!」
「キスはしたの!?」
「弟くん公認!?」
「香澄はあんたのどこを気に入ったの!?」
「だーッうるせぇ!! なにもしてねぇし付き合ってねぇし俺が学校サボらせたわけじゃねぇよ!! ぐだぐだぐだぐだうるせぇんだよテメェら!! 静かにしやがれ!!」
形兆の一喝でクラスは静かになった。
病み上がりに大声を出したせいで頭がくらくらする。ぜひぜひと肩で息をしながら、形兆は自身に群がるクラスメイトたちを睨みつけた。
視線をそらす女生徒たち、マズいことをしたと罪悪感を表情に浮かべる男女幾名、形兆を睨み返す男子生徒数名。
香澄が男に好かれようとどうだっていいが、自分が『ライバル』と認識されるのはまっぴらだ。交際しているなどと誤解されるのは論外である。
「信じられねぇなら、学校来たらアイツにも聞いてみろ……断じて俺はアイツと付き合ってるわけじゃねぇ」
「う、うー。信じらんない。あんなに仲いいのに」
「仲よくねぇよ!」
吐き捨てるように否定し、形兆はずかずかと自分の席までいくと乱暴に椅子に座った。
香澄が登校してくれば、真実を説明してくれるだろう。ピンクスパイダーで香澄と形兆の間に一切の恋情がないとわかれば、噂好きのクラスメイトたちも納得するはずだ。『気持ちを伝える』というスタンド能力は、こういうときには便利だ。
しかし――。
「砂原は熱出して休みだそうだ」
「勘弁してくれ……」
形兆は頭を抱えた。
クラスメイトの視線が自分に集中しているのを感じる。このままでは余計に誤解が深まるばかりだ。
「一日で風邪うつすって、お前なにしたんだよ。キスか、深いキスなのかッ」
「ふざけんな」
後ろの席のクラスメイトに肩をたたかれ、形兆はあからさまに表情をゆがめてその手を振り払ったのだった。
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