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プロローグ1


 生まれて初めて他人に明確な殺意を向けたのは、九歳のころだった。
 破裂音に似た銃声が断続的に轟く。飛び散った肉片が白い壁紙に汚らしいしみを作って垂れ落ちていく。
 化け物のうめき声は止まらなかった。
 死ぬことすら許されない実の父。驚異的なスピードで再生し、醜くうごめく様子を見て、少年は涙をこぼした。
 そして誓った。
 父を殺してやりたい。そのためならどんなことでもする――と。

 人殺しにすらなれなかった少年を包んだ絶望は、殺しても死なない父を殺しきれば楽になれるとゆがんだ希望を与える。
 望んで道を踏み越えた一回目はその時で、彼はもう……戻れない。
「おやじを殺す方法じゃなくてよーっ。『治す』方法なら協力してやってもいいぜ」
 東方仗助が、まっすぐな目で形兆を見据えてそう言った。
 化け物と化している父を見ておぞましさを感じ、形兆に同情しつつも見下してはいない。それどころか、治す方法探しになら協力するという。
 形兆が犯した罪を知りながら、なお、協力するという。
 胃がむかむかして吐き気がする。
 陽だまりの中にいる人間は、いつだって訳知り顔で手を差し伸べる。
 自分は味方だ。絶対に裏切らない。本心で吐き出された言葉だからこそ、なおさらたちが悪い。
 部屋の中央では、復元された写真を抱きしめた父が醜い涙を垂れ流している。
 ──治す? いままで考えもしなかったことだが、可能かもしれない。
 形兆の胸に、希望めいた甘い予感が湧き上がっていく。しかしそれは、すぐに過去という絶望に塗りつぶされる。
 息をつまらせた形兆は、弓と矢を掴む弟の手に抵抗を示した。
「おれはなにがあろうと後戻りすることはできねえんだよ……スタンド能力があるやつを見つけるためこの弓と矢でこの町の人間を何人も殺しちまってるからな……」
 形兆の両手がまとう血は、決してぬぐえるものではない。そばにいた億泰は、それを誰よりも知っているはずだ。
 あともどりはできない。できなかったのだ。
 できるのならば、とっくのとうに引き返している。
 引き返して――陽だまりのなかをあの女と共に歩いていた。
 形兆の声にならない叫びは、億泰に伝わっているのだろうか。
 物言いたげにくちびるを震わせる億泰は、ひどく辛そうな顔をしている。
 億泰の背後にイナズマがほとばしったのはそんなときで、形兆はとっさに億泰を殴り飛ばしていた。
 電気変換された形兆の身体が、コンセントのなかに引きずり込まれていく。
 死の瞬間頭をよぎったのは血に染まった彼女の笑顔で、形兆はやはり、こんな自分が陽だまりに引き返せるはずがない――と思ったのだった。
 だからこの話は、虹村形兆というあわれな男の回想だ。
 結末がわかりきった――かなしい過去話だ。






2019/03/02:久遠晶

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