コンシェルジュの憂鬱。
9
それから私は表情の作り方を覚え、人との接し方を覚え、教養を身に付けた。
精神科にももうほとんど行く事はなく、「普通の人」になれただろう。
愁さんと会った頃の栄養不足の名残も消え、背が伸びて口調も振る舞いも変わった。
流石に分別も付き、愁さんにはもう会えないと諦めつつも、心の何処かでは会いたいと言う気持ちが膨れ上がっていた。
それから12年後――上司に書類を渡される。
藤堂愁 28歳 5406号室 購入 入居来月初旬――
どれだけ時間が立っていても分かる。写真は、あの男の人だった。
一瞬頭が白くなって、徐々に喜びが湧いてくる。
ああ、会える……
相手は勿論私のことなんて覚えていないだろう。
むしろ、忘れていて欲しい。
だけど、…私は忘れられなかった。
12年間、忘れたことなんて一度もなかった。
何度あの頃の自分を罵ったか。
彼の役に立ちたい。
親しくなりたいだなんて、贅沢すぎることは思わない。
ただ、彼の役に。
さらに時間が経ち現在、私は彼の少しだけでも役にたっていると思いたい。
入居して暫くは、用などなにも言いつからなかったが、一ヶ月程立つと私にだけ用事を下さるようになった。
おそらく、同僚たちがそれとなく下心を見せたからだろう。
勿論彼らも普段そんなことはしない。
だが藤堂様にはそういった魅力があるのだ。
異性でも、同性でも惹き付ける。
逆らえないカリスマ性。
その点、私は惹き付けられても隠し通した。
私程度が彼と関係を結べるなんて想像したこともないからだ。
ただ、顔を見れるだけで十分すぎる程だった。
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