コンシェルジュの憂鬱。
2
「それと、60年物のがあっただろ?それを部屋まで頼む。」
「畏まりました。直ぐに届けさせて頂きます。」
またエレベーターに向かう後ろ姿に礼をし、扉が閉まってから頭を上げる。
マンション内にワインセラーもあるのだ。
同僚のコンシェルジュに受付を頼み、ワインを取りにいく。
幡野様は着替える前にお飲みになるだろうから、急がねばならない。
セラーの一角、言われた物を取りだし35階まで従業員専用エレベーターで上がる。
「失礼します、幡野様。ワインをお持ちしました。」
「ああ、テーブルに。グラスも出しておいてくれ。」
言われた様にワイングラスを出し、一緒に持ってきた幡野様好みの肴も置く。
「失礼いたしました。また何がご要望がおありでしたら、お呼びください。」
「まあ待て。少しくらいいいだろう。一杯付き合え」
「申し訳ありません。勤務中ですので…。」
困った顔を作る。
「構わない。これも仕事だろう?」
「…では、一杯だけご賞味に上がります。」
グラスをもうひとつ取り、自分は立ったまま乾杯する。
「…さすが、60年物でございますね。口当たりも程よく、香りも本来のとは比べ物になりません。」
「そうだろう。普通では手に入らないからな。」
「何か伝がお有りなのですか?」
「トスカーナ地方に友人が居てね。彼が色々送ってくれるんだ。」
「流石、世界に出ておられる方です。顔がお広いのですね。」
「いや、仕事で偶々知り合っただけさ。斉賀君、海外には?」
「お恥ずかしながら、一度も有りません。幡野様は頻繁に行かれておられる様ですね。」
「仕事柄な。もし行くことがあれば、フランスをお勧めするよ。彼処ほど素晴らしい国はない。」
「ええ、是非。」
それから少し話しをし、そろそろ一杯飲み終わる頃に幡野様は口を開いた。
「君の表情(かお)は見事だねえ。」
「ありがとうございます。」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!