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普段は見廻りの途中にだとか、散歩のついでにだとか、理由をつけては旦那のあの気の抜けた顔を見に行っていた。
しかし、気ままに動いているとは言え俺も雇われの身。こう見えてもデカイ組織の幹部だ。仕事が立て込めば、当然自由も削られる。
最後にあの死んだ魚のような目とそれに不釣り合いなほど柔らかくキレイな銀髪を目にしたのは、いつだったか。
心の中に得体の知れないもやもやしたものが広がった。

別に旦那に会わなくても、なんら支障はないのだ。俺は目の前に山と積まれた仕事を片付けなくてはならない。
適当にしているように見えても、公私のけじめぐらいはつけられる。やらないだけで、やれば出来るんだ。そして今は、旦那のことなんて気にしている暇もない時だ。
無意識に止まりかけていた手を、集中しなおして再び動かす。
そう、いつもはやらないけれど、書類整理もやれば出来るんだ。だから大丈夫。頭の隅にちらつく銀色なんて、気にも留めていられないんだ。
なぜか腹の底に鉛が沈んでいるような、言い様のないどろりとした感情が渦巻いているが、それは、それは…、なんなのだろう。


完全に手が止まった俺の背後で、勢いよく襖が空いた。
ぼんやりしていた俺は、その気配に全く気づけなかった。不覚だ。
しかし、部屋の中に入ってきた人物を見て、俺はいっそう呆然とすることになった。
「よぉ、忙しそうだな」
相変わらず気だるそうな風貌で、そこに立っていたのは確かに旦那だった。
「どうしたんでィ」
「銀さんに会えなくて寂しがってんじゃねぇかと思って会いに来てあげました」
にひっと鼻につく笑みを浮かべて、彼は無遠慮に腰を下ろした。
「俺は見ての通り忙しいんでさァ。寂しかったのは旦那の方なんじゃないんですかィ」
「かわいくねーなあ」
「事実を言ったまででさァ」

ごろり、と寝転がった旦那が下から俺を覗きこんだ。
「まー、ちょっとだけ、寂しかったかな」
言った後で照れたのか、目を伏せられた。
どうしようもないほどに絡まっていた糸が、あっさりするりとほどけた気がした。
「俺も、ちょっとだけ」
小さくこぼして、旦那のまぶたが持ち上がりきる前に、薄い唇にキスを落とした。









君中毒









2013.2.26


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