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「失礼しやーす」
招き入れた覚えはない。というかインターフォンすら鳴った記憶もない。しかし沖田君は間延びした挨拶を寄越すと、当然のように玄関を開け敷居を跨いでいた。そして居間に入って来ると、突然の訪問者(というより不法侵入者だ)に対応しきれずにいる俺をよそに、何食わぬ顔でソファに腰を下ろした。
ツッコミたいのは山々だが、そんな事を言ったところで沖田君に通用する筈もないのは経験上分かっているし、つーかめんどくせぇし疲れるだけなので、立ち上がりかけたまま微妙に浮かしていた腰を大人しく下ろす。

「旦那、バレンタインですぜ」
「あー、そうだな」
沖田君もそういうイベント事気にするのか?意外だな。
しかし沖田君は、感情を表に出す事をほとんどしないので、話題の意図はいまいち掴めない。
「俺へのチョコは?」
「んなモンねーよ」
いくら恋人とはいえ、何故俺が他人に糖分を譲らにゃならんのだ。というか、こんな時期に男がチョコなんざ買えるかっつーの。
不法侵入の目的はこれだろうか。沖田君なら俺からチョコ、というか糖分等貰えない事は分かっているだろうに。

「はぁ…。旦那が他人に糖分を分け与えるわけなんざねぇって事は分かってやしたが、ちょっとぐらい期待を裏切ってくれてもいいのに…」
「そりゃあ無理だな」
溜息つくんじゃねーよ。こりゃ駄目だ、みたいなわざとらしい表情イラッとすんですけどォ。

けどやっぱり、俺に糖分せびった所で貰えないという結果は分かっていたのか。なら、どうして?
「まあそんな事だろうと思って、はい、俺が用意してみやした」
沖田君はカッチリと包装された箱を取り出すと、コトリと卓上に置いた。え、もしかしなくてもチョコ?

「マジでか!気が利くな。サンキュー!」
意気揚々と箱に手を伸ばす。綺麗な包装も糖分を前にすると煩わしくて破きたくなるが、一応贈り主の手前なので丁寧に、しかし手早く包装を解く。
「おお!いただきまーす!」
箱から顔を覗かせたのは生チョコだった。甘い匂いが鼻を掠める。
遠慮なく口に含むと、それは舌の上でゆるゆると溶けた。沖田君はかなり糖度が高めの物を選んでくれたらしい。流石恋人。
グッジョブと親指を突き出しながら、チョコを口に運ぶ手は休めない。

「旦那ァ」
俺に呼びかける静かな声の元に、視線だけ投げる。
沖田君の表情に、微かな違和感を覚えた。口角が上がっている。こういう時は、たいていろくな事が起こらない。
「やっぱり俺も、旦那からのチョコ欲しいでさァ」
「…だから、用意してな…ぃ」
いつの間に距離を縮めたのか、ふっと影が落ちてきた。反射的に顔を上げると、待ち構えていたかのように、唇を塞がれた。
後頭部をがっちり固定され、逃げる事は出来ない。そして僅かに開いた唇の隙間から、彼の舌が侵入してきた。溶け残ったチョコレートが唾液に混ざり、甘さと酸欠とで頭がクラクラした。

口内を荒らすだけ荒らし沖田君が唇を離す頃には、俺はすっかり上気していた。余裕たっぷりに笑む彼を睨み上げると、彼はペロリと自身の唇を舐めた。
「御馳走」
意地の悪い笑みがひどく妖艶に見えて、俺は頬を一層赤らめる事しか出来なかった。

…来年は、ちゃんとチョコ用意しよう。













溶けて溶かして

















2010.2.14


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