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もしも僕がもっと大人で、余裕があって、冷静に物事を見れて、そんな人だったなら今頃どうしているだろう。少なくとも、こんなにどぎまぎと心臓を大きく鳴らしながら緊張してはいないだろう。こんなに落ち着きなくテンパってはいないだろう。

もしも僕がもっと頭の回転が速くて、おしゃべり上手で、そんな人だったなら、今頃きっとこんな風に何を話そうか、どう切り出そうか、こんなに一生懸命悩んではいないだろう。ああでもないこうでもないと、ぶつぶつ言ったりしていないだろう。

もしも1年前のこの日なら、こんなに緊張したり、悩んだりする事はなかっただろう。そもそもこの日は、そして明日も何の変哲もない日で、あれやこれやと気にかける必要すらなかったのだ。そうだな、今頃はすっかり眠ってしまった後だったかもしれない。


そうこうしている間にあと一分。少し汗ばんできた手で電話を握る。
電話番号をあと一桁のところまで入力する。もう一つ、このボタンを押せばシゲさんに繋がる。
時計をチラチラ見ながら受話器に耳を押し当てる。ちゃんとさっき時報を聞きながら秒単位まで合わせたから、この時計には一寸の狂いもない筈だ。ボタンに手をかけながらとりあえず一回深呼吸。


カチリ、今日が昨日になった。

構えていた指は、反射的にボタンを押す。受話器から呼び出し音が流れ出した。機械音が一旦途切れたのと同時にガチャリという音。

「もしもし」
(ワンコール…!)

予想外の返答の早さに、一瞬言葉がつっかえる。ああもう、心臓がやけに煩い。
「も、もしもし、風祭です。…シゲさん、?」
「おお、カザ!待ってたで」
返って来たのは弾んだ声。
瞬間、何故だか頭が真っ白になった。さっきまであんなに一生懸命考えたのに、なんて言おうとしてたんだっけ。開きかけていた口を閉じる。
思い出せ、思い出せ!頭の中はぐちゃぐちゃなのに空っぽで、何も言葉が出て来ない。代わりに出てくるのは、焦りに伴う嫌な汗ばかり。
「…カザ?」
僕からの返答が無い事を不審に思ったのか、シゲさんがこちらに呼び掛ける。
どうしよう、でも、これだけは伝えなきゃ!

「シゲさんっ、誕生日、おめでとうございます!」
変に力の入った声で言うと、今度は向こうが無言になった。
一拍置いて、シゲさんが喉をくつくつと鳴らして笑うのが聞こえてきた。きっと彼は、僕が緊張しきっている事なんてお見通しなのだ。
頬に、緩やかに熱が昇るのを感じた。

「カザ、ありがとう」
その声は、笑いを含んで柔らかく。シゲさんの笑顔が容易に思い浮かんだ。


もしも僕が今シゲさんの傍に居たなら、その綺麗な笑顔をこの目で見れたのに。でも、僕のこの真っ赤な顔を見られるのはちょっと恥ずかしいから、今の所はこんなに優しい声を聞けただけで良しとしよう。










例えばの話をしよう













2009.7.8



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