「…若菜君?」 自信なさ気な声で呼ばれ、はっと我に返った。 「風祭?」 「どうしたの?こんな所で」 え。 辺りに目をやれば全く知らない風景。あれ俺どうやってここに来たんだ? 「…ここ何処?」 ぽかんと一拍置いてこの辺りのおおざっぱな住所と思われる物を教えてくれた。しかし、それは馴染みのない地名だった。 歩いている時の事を思い出そうとしても、そこだけ抜け落ちた様にぽっかりと記憶がない。 何処をどう歩いたのか、どのくらいの距離を歩いたのか、さっぱり分からない。…つまり、帰り道も分からないって事か。 「若菜君?」 一人頭を抱える俺に、風祭が心配そうに声をかける。オロオロと右往左往する風祭を見ていると、なんだか可笑しくて思わず吹き出してしまった。そんな俺に、風祭は余計に困惑しだした。 ああ、なんだか全て話してしまいたくなった。こいつなら、親身になって聞いてくれるのではないか。 「わりぃわりぃ。…な、風祭。ちょっと愚痴聞いてくんね?」 風祭は戸惑いながらも頷いた。それを見て、唐突に切り出す。 「俺さ、さっきカノジョにフラれたんだ。」 明るい口調で言ってみたが、風祭は目を丸くした。 「1ヶ月くらい前に向こうから告ってきて、オレもいいなと思ってた子だったからオーケーしたんだけどさ。」 俺が言葉を区切る度に頷く。真剣に聞いてくれているらしい。 たいして仲がいい訳ではない、ただ選抜でチームメイトってだけなのに。そういえば、話した事だって殆どない。俺がたいてい英士と一馬と一緒にいるせいだろうけど。 「オレなりに大切にしてたつもりだったんだけど、やっぱり今のオレの中の1番はサッカーだからさ。デートの約束してても、サッカーの練習入ったらそっち優先しちゃうんだよな。」 記憶を辿ってデートの回数を数えてみたが、片手で十分足りてしまった。1ヶ月でこれだけは、やっぱり流石に少ない? 「で、『本当に私の事好きなの』って言われてさ…」 彼女は涙を流していて、それを見た俺は何も言葉を返せなかった。確かにいいなとは思っていたけど、それは好きだったのか分からなかった。 「告って来たのも向こうで、別れ話も向こうからって…なんか格好悪いな、俺。」 自嘲気味に笑う。 「そんな事ないよ!」 今まで黙って聞いていてくれた風祭が口を開いた。 「僕は選抜の時の若菜君しか知らないけど、サッカーしてる時の若菜君は真剣にプレーしてるのが伝わってくるし、普段だって明るくて楽しいし…、僕はかっこいいと思うよ!」 思わず目を見開いた。 こんなに真剣に話してくれるとは思わなかったから。 とくり、心臓が高鳴った。 …あれ?なんかおかしいぞ。さっきまではフラれて落ち込んでたはずなのに。風祭の一挙一動に目が離せない。いやいや、待てよ俺!相手は男だぜ? でも、なんなんだろう、この気持ちは。 真っ直ぐ俺を見る澄んだ黒い目から視線が離せない。 「…男に言われても嬉しくねぇけどな。」 「あっ。…あはは、そうだよね!」 冗談半分で言ってみたら、風祭は手をぱたぱたと振りながら、照れた様にはにかんだ。 可愛い、と心の底から思った。 『私達、キスどころか手繋いだ事もないよね』 別れ話を切り出す彼女に言われた。言われて初めて気付いた。 そういえば、そういう事を彼女としたいと思った事もなかった気がする。なんでだろうと思ったけれど、本気で好きじゃなかったからだろうか。 じゃあ…今、どうしようもなく風祭に触れたいと思うのは、本気で好きになったから? 「ありがとう、すっきりした」 俺が笑って言うと、笑い返してくれた。 新たに生まれたこの感情、今度は大切にしよう。 辿り着いた先は 2009.3.27 |