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清水さんから


今ではもう私と彼とは、知人と呼ぶにはやや親しすぎる仲であった。
けれど、たとえば彼のよい所を10挙げるよりも欠点を100挙げる方が簡単だと自信を持って言える程度には、私達は友人という言葉が似合わない仲であった。


私達が出会ったのはある美術館。
その美術館には、現在日本に在ることが奇跡と言われているような名画があったけれど、私はそれには興味が無かった。
小さな人だかりを前に静かなスポットライトを浴びる名画の前を素通りし、突き当たりの階段を降りてゆく。そこには私の贔屓の作家の彫刻が置かれているのだ。
その作家はおそらくマイナーな部類に入る。例えばモネやピカソやゴーギャンやゴッホ、彼らのように美術やデザインを専攻していない人間でも知っているような、そんなメジャーな作家ではない。
それでも、私にとって彼は、誰よりも美しいものを彫る人間だった。
さて、そんな彼の作品であったから、いつも私は一人でひたすら彼の彫刻の前を独占し、心行くまで鑑賞することができた。
だというのに、今日は先客がいたのだ。

線の細い、綺麗な男だった。
まるで微動だにしない彼は、なんだか作り物めいていた。
もっとも、それは特別な空気の流れるこの場所が起こさせる錯覚かもしれないが。
他に移動する気はないようだったので、私は仕方なく男と並んで彫刻を見上げた。
ベストポジションは先客の男が独占していたので、私はやや離れた微妙な位置からの鑑賞となってしまったのがいささか不満である。

しばらく経っても、彼はぴくりとも動かなかった。
普通、他に見ている者がいたら多少位置をずれて場所を譲ったりするものだろう、と私が内心文句を垂れた、その瞬間。

「なあ」
男がこちらを振り返って、黒い髪をふわりと揺らす。
「アルベルトに花束を贈ったら、彼はどんな反応をすると思う?」

私はよほど間抜けな表情をしたのだろう。黒髪の男は呆れたような笑顔を浮かべた。
「14時までは近くのパスタレストランにいるから、後で答えを持ってきてくれ」
面白かったらカルボナーラを奢るから、と言いながら、男は俺の肩をすれ違いざまポンと叩いた。
私は慌てて振り向いたが、彼は速度を速めも緩めもせずに出口への道を曲がっていった。


それが彼と私との出会いである。

今ではもう私と彼とは、知人と呼ぶにはやや親しすぎる仲になっていた。
けれど、たとえば彼のよい所を10挙げるよりも欠点を100挙げる方が簡単だと自信を持って言える程度には、私達は友人という言葉が似合わない仲でもあった。

そして、その100の欠点を越えて隣の席でグラスを傾ける程度には、私達は今夜も互いを愛しているのだ。


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「アルベルトに花束を」の清水さんからフリーテキストをいただきました。とてもオシャレで素敵な文章をかかれる方です。本当に好みでたくさんキュンキュンをもらいました。ありがとうございました!!




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