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09優しいと認めたくない男:久々知


前期の授業もすべて終了し、あとは定期テストを残すのみ。それが終われば夏休み。

みんなの心はもうすでに浮き足立っている。でも私は定期テストよりも難しい課題に追われていた。

それは、鉢屋三郎に謝る、ということ。

彼とこれからいい関係を築いていきたいなどとまったく思ってない。
彼の態度にも多少…問題はあったし、だから謝る必要はないのでは、と思う心が意地っ張りな私の心にはある。

こんな私に呆れず、仲良くしてくれる斉藤と勘ちゃんは精神的な我慢大会にでもでたら優勝できるのではないかと最近本気で考えてしまう。


いつまでたってもあの頃から成長しない自分にいつ愛想尽かされても不思議ではない。

だから変わりたいって心底思った。

生まれて初めての一人暮らしを始めてみたり(ちゃんと自炊もしてる。豆腐料理ばっかりだけれど)アルバイトにも挑戦した。(すでに少し問題は起こしたけど)

あの二人に恩返しがしたい。ずっとずっと思っていたから。


この行動も自分の意には反するけれど、それでも。変わりたいって思うから


大きく深呼吸をして、バイトの店のドアをあけた。開けると「お疲れ様」という店長の声が聞こえ安心し、小さく会釈をした。
カウンターの横を抜けて、スタッフルームに入る。まだ鉢屋三郎は来ていないようだ。
ふと、机の上のメモ書きが目に止まった。今日の仕事の連絡事項か何かと思って目を通した。そこには私のことが綴られていた。


私の今まで行った仕事、それに対しての評価、これからすべきことなど、こと細かに書かれていた。
メモの最後には、

「可愛げないけど、やる気はあるので多めにみてやって下さい。」


このメモを書いたのは鉢屋三郎だとすぐに結びついた。何故こんなメモがここにあるんだろう。すると勢いよく、誰かがスタッフルームに入ってきた。
慌てた様子の彼は食満先輩だ。この店のオーナーの息子さん。何でも土井先生と知り合いらしくて、そのつてで私は今ここで働かせてもらっている。

「お疲れ様です…」

「ああ、お疲れ。久々知…それ、読んだ?」

「あ、はい…」

「うわーやべ、…それ見たの秘密な」

「え?」

「あいつ天の邪鬼だろ。だからさ、そういうの知られたくないと思うんだ」

損な性格だよな、と言って笑う食満先輩の顔を見れば鉢屋三郎との関係は一目瞭然だ。信頼…しているんだな…。私と同じような人付き合いが苦手な人かと思ったけれど、大きな勘違いかもしれない。
私があんな悪態をついたにも関わらず、彼はこうして私のフォローを食満先輩にしているのだ。ただのよく出来た人だ。

「優しいんですね…彼は」

ひがんでいるのではない。ただ素直にそう感じた。

「優しい…うーん。まあ、分からんけどな。一度内側に入れた人間にはとことん構いたがる奴ではあるな。世話好きなんだよ。あ、これ世間一般では優しいのか?でもあいつに優しいって言いたくないんだよな。久々知なら解るだろ?」

あまりに正直な意見でつい笑ってしまった。食満先輩のお陰でいつの間にか心の靄が少し晴れたようだ。

「何ですか、俺の悪口ですか」

気付くと、鉢屋三郎がすぐ後ろに立っていた。

「悪口を言われる心当たりでもあるのか」

「ないとは断言できませんね。噂の絶えない男なもんで。…久々知さんも、お疲れ様です。」

あ、彼の視界に入った。今がチャンスであろう、逃す手はない。それに、今心から彼に謝罪したい気持ちになっていたから。

「鉢屋さん、あの、先日はすみませんでした。」

「…どの点が申し訳ないと思ってるの?」

その返答にまた悪い心が浮上しかけたが、深読みしすぎだと納得させ言葉を続けた。

「男の人をゴミ扱いした点です。」

後ろで食満先輩が堪えきれずに吹き出したけれど気にしない。

「それはつまり、男はゴミではないと訂正するということかい」

「…鉢屋さんはゴミではないと…思っています…」

「ふうん。ゴミみたいな男もいると…」

否定はしなかった。私もわりと正直な人間だ。それに彼には嘘を見破られてしまう気がした。

「…うん。まあ、俺も性格悪かったからな。すみませんね。」

「どの点が申し訳ないないと思っているんですか?」

あ、つい聞いてしまった。素朴な疑問で嫌みをいうつもりはなかったのに。そして堪えきれなくなったのか食満先輩は声をだして笑い始めた。


「鋭い。実はまったく申し訳ないとは思っていない。俺は君と違って嘘が得意だから。」



鉢屋三郎は意味が分からない。優しいと認めたくない、そんな食満先輩の気持ちが痛い位に解る。

でも不思議と嫌悪感だけは消えていた。




0421

バイト先には食満先輩とずっと決めていた。絶対似合う…!






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