06めぐりあわせ:鉢屋
俺と久々知兵助の出会いは稲妻がドーンとか、胸に電撃がドーンとかそういうメロドラマのような類のものは一切皆無だった。ただ、あいつが俺のバイト先に新しく入り店長から紹介された。それから軽く会釈をかわす。それだけだ。
かといってあいつの顔に惹かれなかったと言ったら嘘にはなるだろう。
あいつの顔は日本の女子を10個のランクに分け統計的なデータをだせば、8のレベルには入るだろう。(10というのは芸能人やモデルなどのある程度オーラを放っている奴だ。あいつにはオーラがない。顔やスタイルでは引けをとらないにせよ、自らオーラを消し、一般人に埋もれていると言えるだろう。ゆえに8のレベルだ。しかしこのデータも顔やスタイルなどの見目に限るので、久々知兵助が私服などで登場した場合このデータはまた変動するだろう。)
会話という会話をしたのは兵助が入ってから1週間ほどたってからであった。
店内に入ると同時に香るコーヒーの匂いが鼻についた。最初はこれが苦手だったが、今では安心するのだから慣れというものは不思議だ。
スタッフルームに直進し、手早く黒いポロシャツに着替える。きつくなりすぎない程度にエプロンを腰に巻く。ひとつ欠伸をし、テーブルに置かれてある季節の新商品と思われるマフィンを頬張る。柑橘系が苦手な俺の舌には合わなかった。
冷蔵庫を開け、飲み物を探すとそこに違和感を感じた。うちのメンバーでは見かけない飲み物があった。その飲み物から、今日はあいつがいる、と予想した時背後から声をかけられた。
「こんにちは、おつかれさまです。」
「ああ、おつかれさま」
それから少しの沈黙が流れる。慣れない場所に緊張でもしてるのかと思い横目で見ると、こちらの心配などは杞憂だったと感じた。背筋をぴんと伸ばし、落ち着いた佇まい。それが少し気にくわなかった。
「久々知兵助…さん、ね」
俺はその感情を隠すこともなく対峙した。
「よろしくお願いします。」
愛想のない社交辞令は何か鼻についた。新人だからといって媚び諂わない姿勢は薄い正義感か世間知らずのどちらか一つであろう。
「久々知さんは整った顔してるね」
「いえ」
「謙遜?その顔なら男が放っておかないでしょ」
「いえ、まったく」
(男には興味がないので)
とでも付け加えられそうな物言いだ。捉え方次第だったのだろうが、その言葉を受け取った相手が俺しかいない。残念ながら性格が悪い(とよく雷蔵に言われる)俺には謙遜とは受け取れなかった。
「ふうん。男なんて、ゴミみたいなもんかね。じゃーキッチン行こうか」
「はい、お願いします」
「…否定はしないんだな」
少し意地が悪いとも思ったが、彼女の返答にその思いも吹き飛んだ。
「事実は否定する必要はないのですよね。それとも適当な愛想笑いでもしたらいいですか?」
「…かわいくねえな」
弁舌を趣とする俺が、ただただ口から出た言葉だった。
稀にみる人間との付き合い下手さが自分と重なり嫌悪感を抱いた。
この瞬間恋が芽生えたとかそんな虫のいい話はない。これから俺達はかなりの期間いがみ合いが続くのだから。
「可愛いと思われたいなんて思ったこと一度もありません」
その日のバイト終わりに俺は「久々知兵助」の指導係に任命される。
【運命】‐人の意志を超えた力による幸 不幸のめぐりあわせ なりゆき
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