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10推察から:鉢屋


俺の朝は比較的早い。夏休みだからと言って昼過ぎまで寝ているということはない。長年の習慣からか、目覚ましがなくても7時前には目を覚ます。それから朝食をつくり、母親を叩き起こす。あわただしく出て行った一家の主を見送り、ゆっくりと朝食を平らげ、洗濯をして学校向かう。今は叩き起こす人が雷蔵に変わっただけで俺の生活リズムに変化はない。

「三郎って家政婦みたい」

朝飯の最後の一口を頬張りながら雷蔵がつぶやいた。家政婦、認めたくないが認めざるをえない。生活力のない母親のせいで家事は俺の役割であった。まあ、雷蔵の言う通り家政婦だ。そしてこの生活力のない従兄弟との同居によりその役割は継続中。

「世話焼きなんだよねえ。駄目な子を放っておけないっていうか。三郎がいつか好きになる子は絶対面倒な人だと思う。」

世話焼かれている君がどの口で言うか。と思ったが言葉にはしない。というか雷蔵の俺に対しての勘は当たりやすい。勘弁してくれ。

「面倒な人ねえ」
「まあ、お前が一番面倒ではあるけど」
「あれ、雷蔵?」
「ま、とにかく見たいなあ。三郎の好きな人。早くつくってよ」

朝ご飯の用意のように軽く発言するもんだ。自分が好きになる人間か、なんだか現実味がなくて空想話に聞こえる。

「想像もつかないな」
「でもきっとできる」

普段は優柔不断のくせにこの自信はどこからくるのだろう。不思議な男だ。




「久々知さん」

そんな会話をした日のことだった。俺は午後から調べ物をしに大学の図書館に来ていた。試験明けのこんな時期に図書館を利用する奴はほとんどいなく、このフロアにはせいぜい2、3人しか生徒がいなかった。その中の一人に久々知兵助がいた。
自然と足が動き、当然のように声をかけた。

「…あ、鉢屋さん」

集中していたのだろう。意識をしていない顔はひどくあどけない。年相応の表情をみせた。しかし俺の存在を認識し、いつもの顔にもどる。

「勉強?」
「あ、はい」
「ふーん」

はい、って一言か。本当に人間関係形成能力がないと言うか、こいつの将来に不安すら覚える。社会で絶対浮くぞ。いや、多分浮いた生活をしてきたんだろうな。想像がつく。

「じゃ、そういうことで」
「あ、はい」

会話が成り立たない。ならば退散あるのみだ。同じ部屋にいるのは何となく心地悪い。久々知に背を向け、他の階へ移動するべく足を進ようとした。その時、

「鉢屋さん」

がた、と椅子から立つ音と予想外の声に呼び止められた。久々知の顔は反射的に呼んだはいいが言葉に詰まっている様子だった。少し動揺し揺れている目にひどく惹きつけられた。何を言われるんだろう。




「また、明日バイトで」



…うん。バイトで。え、それだけ?いや、まさか。
次に動揺したのは俺だった。あんなたどたどしい様子で紡いだ言葉は何てことない挨拶ひとつ。しかし残念なことに久々知は達成感に満ちた顔で椅子に座り直した。ああ、天然って憎い。

「ああ、バイトで」

今度こそ本当に退散だ。恐らく久々知は何か変わろうとしているのだろう。対人関係の向上とか、その類。それで「苦手な鉢屋さんに自分から話しかける」そんなミッションを自分に課した。そんな所だ。

俺は幼い頃からこのように推察力に長けていて、周りの奴らに煙たがられていた。雷蔵にも「考えるのは自由だけど、言葉にするのは考えて」と叱られたな。それからは相手をいたぶる時にしか使わないようにしている。

厄介なことにその推察力は、自分にも有効だ。
今の俺は稀な行いを二つばかりしていた。
一つ目が人に自分から話しかけるという行為。そして二つ目、誰かに呼び止められて期待感をもつという行為。


そこまで考え、朝、雷蔵に言われた言葉が頭によぎる。

『でもきっとできる』

いや、まだだ。まだ、そこには達していない。自分が一番分かっている。しかし、久々知兵助に興味をもっている。これは揺るがない事実なのかもしれない。


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