[携帯モード] [URL送信]
ストラタの少佐



その後すぐ、執務室から銃声が聞こえ、アスベルが町を出た。追い出されたと言った方が合っている気もするが、眼鏡の青年からは特に説明もなく、シェリアに聞こうにも彼女もこの話題には触れて欲しくなさそうだった。
ソフィもアスベルの後を追って町を出てしまい、私はなす術もなくただ町にいて、メイドさんや町の人の手伝いをしていた。



 ストラタの少佐



「フレデリックさん。花壇の水やり終わりました」

私はフレデリックさんから頼まれていた用事を終え、彼に声をかけた。玄関の清掃をしていた彼は手を止めて振り返る。

「ありがとうございます。リクさんに手伝っていただいて、本当に助かります」
「居候の身ですから、どんどん用事言いつけちゃってください」

笑って言ったあと、玄関の窓から見える庭を振り返った。
大きな庭で、両サイドに設けられた噴水の渋きが太陽に反射して小さな虹を描いている。花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、見ている人の心を和ませた。

「綺麗なお庭ですよね。ずっとフレデリックさんが手入れしてきたんですか?」

フレデリックさんに振り返ると彼は首を横に振った。

「今まで花の手入れは奥様が御自身でしておられました。ですが、アストン様がお亡くなりになられてからは外に出ることすら少なくなりまして……」

フレデリックさんは俯いてしまった。彼もまた、前領主が亡くなった事をとても悲しんだのだろう。
前領主さんは町のみんなから愛されていたんだな…
そう思いながらもう一度、庭へ目をやると眼鏡の青年が此方へ向かっているのが見えた。

ヒューバートという名前の青年は、ストラタの少佐で現在ラントの領主的立場にいた。
その関係からか彼はよく屋敷を出入りしている。屋敷に居候中の私も何度か顔を合わせた事はあるが、会話は全くない。話す内容がないのだから当たり前なのだが、彼の私を見る目はいつも警戒心に溢れていて、とても居心地が悪かった。

そのヒューバートさんが来るとわかり、私はフレデリックさんに会釈すると、庭の蛇口の鍵を返す為、メイドさんの休憩室へと歩き出した。と、同時に玄関の扉が開き彼が姿を現す。仕方なく会釈すると、彼は一瞬だけ眉間に皺を寄せて執務室へと入っていった。一体私が何したっていうんだ、水色眼鏡っ子め

休憩室に着くと、中からメイドさん達の話声が聞こえてきた。ヒューバート様という言葉も微かに聞こえ、扉を開けようとしていた手を止める。

「あの方は、いつも無愛想ですね」
「昔はそうでもなかったのよ…」
「昔?ヒューバート様ってストラタの人間ですよね?」
「今はね。幼い頃はこの屋敷にいたのよ。だけど、アストン様がストラタのオズウェル家へ養子に出したの」
「オズウェル家?なんか聞いたことある…」
「名家らしいわよ。養子にしたのもヒューバート様の為にってらしいけど」
「ん?ちょっと待ってください。養子ってことは、アスベル様とは」
「実の兄弟ね」
「兄弟で戦ったんですか!?丁度あたしが、執務室の掃除してる時に銃ぶちかますんですもん!敵か何かなのかと…!」
「そういえばあなた、ハタキ持ったまま固まってたよね」
「だって死ぬかと思いましたよ!クソ眼鏡場所考えろやっ!って思いましたよっ」
「ちょ、もう少し声のトーン落として」
「ぁ、すみません」

その後は、声が極端に小さくなってしまった為、会話は聞こえなくなった。
アスベルと兄弟だという事実に驚く。自分だけ養子に出されてしまっては恨みたくもなる、というものなのだろうか。養子に出された経験が無いためよくわからないが、嫌ではある。兄弟で戦ったということも、やりすぎた兄弟喧嘩という風に捉えれば私も殴り合いの喧嘩はしたことがあるため納得出来るが、それならば追い出す必要もないはずだと改めた。
休憩室に入るタイミングを無くし扉の前でボーとしていると、休憩しに来たメイドさんに声をかけられ我に返る。

「どうかしましたか?」
「あの、その……すみませんでしたっ」

私は言いながら、メイドさんに鍵を押し付けると猛ダッシュでその場を後にした。立ち聞きはしていたが、咎められるような事はしていないのに謝ってしまうなんて……本当、反射って恐ろしい。



この世界にきて一週間。最近の楽しみといえば、専ら3食のご飯。異世界トリップしてるクセになんと呑気な事だろうと、自分でも思うが、何もしていないわけでもない。シェリアが色々調べてくれていたりする。私も手伝った方がいいのはわかっているのだが、字が読めなくてシェリアの邪魔ばかりしてしまったので、書物の閲覧の方は彼女に任せっきりになっていた。
メイドさんにお茶をすすめられ、休憩室で頂いているとシェリアが部屋に入ってくる。

「リク、ここにいたのね」
「シェリア、どうしたの?」

持っていたカップを置き、シェリアへと手を振る。お皿に乗っていたお菓子をすすめると彼女は少し躊躇いながらも手を伸ばした。太る事を気にしているのだろうか?私からしてみればシェリアはガリガリだ。うん。

シェリアは摘んだお菓子を口にした後、言いにくそうに口を開いた。

「実は…ここにある書物のだいたいに目を通したんだけど、リクに関係しそうな事は載ってなかったの…」
「………」

絶望して、というわけではなく、単に“そうかぁ”という言葉しか出て来なかったので、私は無言で返した。

「わたし、ヒューバートに掛け合ってみようと思うの。ヒューバートなら、ストラタの文献にリクみたいな事例がないか知ってるかも知れないし」

シェリアは、私が落ち込んでいると思ったようで声色を明るくしたが、寧ろ私は、今の彼女の言葉に耳を疑った。
今なんて言ったの、この子。まさか、私の苦手な眼鏡君が出てくるとは思ってもおらず目を見開いたが、すぐにシェリアが聞いてくれるはずだという期待に頭がいく。

「ヒューバートのところには、リクも一緒に来てほしいの」

きましたご対面発言っ。
固まってしまった私にシェリアは訝しんで顔を覗き込んでくる。

「どうかした?」
「……いえ」

声を振り絞って言うが、顔が引きつっている為シェリアには私の気持ちが丸分かりだ。彼女は苦笑して“やっぱり…”と呟き言葉を続ける。

「気づいてた?ヒューバートがリクの事を、警戒しているの」

私は、驚きから一瞬にして乾いてしまった喉を潤すため、紅茶を飲みながら一度だけ頷いた。

「わたしの方から、簡単には説明したんだけど……納得出来ないらしいのよ」

シェリアはずっと苦笑しているが、その苦笑の中には楽しんでいるように思える雰囲気もある。納得出来ないだけで睨みつけられてる私の身にもなってくれ。

「私は、あの少佐を納得させれる自信がありません…」

机に突っ伏しながらいうと、シェリアは元気付けようと思ったのか、背中を叩いて“ファイト!”と声をかけてくれた。
他人事過ぎやしませんかシェリアさん…っ。
結局私は今晩、眼鏡少佐と会う事になった。もちろん、シェリアも一緒だ。だけど、恐ろしすぎる……急に発砲されたらどうしよう…






*前次#

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!