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彼女の名前



屋敷に着くと、気づかない間に空は少し明るくなっていた。
夜通しで動いていたらしい。
明るさを見ると、急にお腹が空いてきた。あんな事があった後なのに食欲があるなんて、図太い神経してるんだな、私。



 彼女の名前



屋敷でメイドさんを手伝って、大量に作られたおにぎりを避難してきた人や兵士のみんなに配っていると、3人の姿が伺えた。

「よかった。3人共無事だったんだね」

そう言って近づくと、アスベルとシェリアはホッとした表情で私を見た。
安堵される意味がわからず、首を傾げるとシェリアが近づき抱きしめてきた。途端に体が硬直する。ふんわりといい匂いがした。

「よかった。おじいちゃんに、リクは兵士と一緒に戦っていたって聞いて、心配したのよ」

思い出す度に、殺してしまったという恐怖と気持ち悪さ、刺した時の感覚が蘇ってくるが、言ってどうなる事でもない。無駄な心配をかけるわけにもいかず、体を離してくれたシェリアに私は笑顔を返した。

「心配してくれてありがと!大丈夫だよ。それより、3人の方こそどうしたの?奇襲に行った筈なのに、フェンデル軍が来たから殺られちゃったのかと……」
「どうやらフェンデルの方も俺たちと同じように考えていたらしい。砦に附くともぬけのからになっていたよ」
「誰もいなかった」

苦笑気味にアスベルが答える。その隣にいた少女も付け加えるように言った。

「それにしても、ヒューバートが来るなんて思ってもみなかった」
「そうね、まさかストラタがウィンドルの為に軍を動かすなんて…」
「何か、国王の方で動きがあったんだろう。俺、ヒューバートと話しをしてくるよ」

そういうとすぐ、アスベルは 少女に“ソフィはここにいろ”と言葉を残し、執務室へと行ってしまった。シェリアは負傷者の救護を行い始め、私も少女と一緒におにぎりを配る。
アスベルはヒューバートという少佐の名前を懐かしむように呼んでいた。会話から知り合いだという事はわかったが、特別思い入れのある人物なのだろうか。他国のお偉いさんと知り合いなんて、さすが領主なんだなぁ、と思いながら配っていると、不意に少女が声をかけてきた。

「ねぇリク、3つとも同じ形なのに、どうして3つとも名前が違うの?」
「へ?」

言われたがいいが、言ってる意味がわからず間抜けな返事を返す。すると少女は先程よりも詳しく疑問を口にしてくれた。

「右のは'おにぎり'で、真ん中は'鮭'、左は'梅干し'、形は同じなのに、みんな名前が違う」

3種類のおにぎりを持ちながら、どうして?というように見上げてくる少女。どうしよう、妹にしたいくらい可愛い。質問内容といい仕草といい、天然可愛いキャラを極めているように感じてしまう。しかし、あまりにも当たり前過ぎる事柄の唐突な質問に、説明が詰まった。

「えっとねぇ…」

なんだっけ?と、考えれば考える程真っ白になっていく頭に焦りを覚える。答えをじっと待ちながら見上げる少女に可愛いしか出てこないが、そんな脳内にやっと答えが浮かぶ。

「あ!そうだよ、具が違うんだよ!」

ようやく思い出しそう答えると少女は“具?”と言っておにぎりを見つめる。

「おにぎりの中に具が入ってるんだよ。で、中に入ってる具で名前が変わるんだ。何も入ってないのはただの'おにぎり'で、鮭が入ってると'鮭おにぎり'。でも長いから、私は'鮭'って言って渡してるん」
「おにぎり、凄い…!変身出来るんだね」

少女にも3種類1セットのおにぎりを渡すと、おにぎりセットを掲げて目を輝かせていた。可愛いんだけど、なんだか恥ずかしい。人目につくその行為に苦笑しながら見つめていると、先程アスベルが少女を名前で呼んでいた事を思い出した。

「ソフィ…」

思い出しついでに確かめるように口に出してその名を呟けば、長いツインテールを揺らしながら少女が振り向いた。

「なに?」
「ぁ、ぃゃ、名前呼ばれてたなって」

振り向いてくれたはいいが、特に用事もないので言葉に困る。質問としは変だろうと思われる言葉を口にすれば、ソフィは頷いた。

「アスベルがね、つけてくれたの」
「アスベルが?」

ソフィの父親にしては年が近すぎる気がして首を傾げると、ソフィは嬉しそうに目を細めた。

「クロソフィの花からとって、ソフィなんだって。他の人の名前だったみたいだけど、アスベルに“ソフィ”って呼ばれると、なんだか嬉しくて、胸の辺りが温かくなるの。だから、アスベルにそうつけてもらったの」

胸元に手を置いて嬉しそうに言うソフィ。何があったのかは知らないがよっぽど気に入っているのだろう。これほど気に入られたらつけたアスベルも甲斐があるというものだ。

「よかったね」

ソフィの笑みに釣られて微笑み返すと、彼女は元気に頷いた。





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