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人を殺すということ



────こっちだよ

男の子の声がした。

────ぼくは、ここだよ

真っ暗で何も見えない。

男の子の声だけが、寂しそうに響いた。



 人を殺すということ



轟音が聞こえて私は目を覚ました。何やら外が騒がしい。閉めていたカーテンを少し開いて覗くと、遠くで剣の交じり合う音や発砲音が聞こえる。様子がおかしい事に気づき私は部屋を出た。屋敷の玄関へ行くとフレデリックさんが慌ただしい様子でメイドに指示を出していた。

「フレデリックさん!何が起こっているんですか?」
「リクさん、フェンデル軍が奇襲を仕掛けてきたんです」
「っ…!」

フレデリックさんの言葉に、声が出なかった。アスベルやシェリア、少女は駐屯しているフェンデル軍を退けるために出たはずだ。その標的のフェンデル軍が今ここに来ているということは、3人はどうなったんだろうか…。不安にかられる私の背後から1人の兵士の声が届いた。

「バリーさん!圧倒的な軍力の差と突然の奇襲のため住民の避難が間に合いません!」
「くっ……住民の避難が最優先だ。第一、第二小隊は門前でフェンデルを食い止めろ、第三小隊は住民と負傷者をこの屋敷に運べ!」

振り返るとバリーと呼ばれた兵士長らしき人物が、その場にいた各兵士に指示を出していた。回りを見回すと、フレデリックさんから指示を受けたメイドさんたちも、運ばれてきた負傷者の対応をしている。避難してきた住民もそれを手伝っていた。みんながそれぞれ、自分に出来る事を進んで取り組んでいる。そうか今、ここは戦場なんだ。3人の事も心配だけど、今は自分のやれる事をしないと……
思うと同時、一度部屋に戻り返しそびれていた剣をホルダーで腰に下げて私は屋敷を飛び出した。

外に出ると轟音が更に大きく聞こえるのに加え、叫び声も多く聞こえる。
騒がしい方へと走っていくと、フェンデル軍が中に入ってきてしまったらしく、甲冑の兵士と黒い軍服の兵士が広場で乱闘を始めていた。パッと見た感じ軍服の方がはるかに多く見える。武器も剣ではなく銃器。戦力差は圧倒的だ。それを物語るように、物のように転がっている死体は甲冑の…ラントの兵士のものが多かった。その中を逃げ遅れた住民たちが、あちこちで右往左往している。ラント兵が誘導しようとするが、乱闘の中心で敵をやり過ごしながらの誘導は容易ではなく、苦戦しているようだった。
これが初めて見る戦場。殺気と血の臭いが充満する空気に足が竦み、気分が悪くなる。試合や喧嘩の経験はあっても、戦争の…殺し合いの経験などは全くない。死ぬかも知れないのだから怖さはあって当然だ。だけど、自分の出来る事をしよう、そう決めた。なら、動かないと!
両手で両頬を思いっきり叩くと私はまた走り出した。


ラント兵と共に住民を誘導し終えると、私はまた広場まで戻り逃げ遅れた人や負傷者を見つけては屋敷まで連れて行った。乱闘は止むことを知らず、激しくなるばかりだ。集中を切らさないよう、抜き身の剣を持つ手に力を入れる。
何度目かの往復。広場へ着くと住民の男性が1人、悲鳴を上げながら走りこんで来た。焦りからか足がもつれていて上手く走れていない。近づこうとした時、男性に銃口を向けている敵兵を視界に捉え咄嗟に男性へ体当たりをした。男性は足がもつれていた事もあり、盛大に転げる。だが、構っている場合ではない。敵兵がまだ、私と男性を狙っているのだ。男性を背に剣を構えると、振り向かずに言った。

「落ち着いて、深呼吸してください」

私の言葉に男性は落ち着こうと、必死に胸を押さえながら肩を上下させる。

「私が合図したら、あなたは屋敷まで走ってください。大丈夫、この先に敵兵はいないから」

理解してくれたのか、男性が立ち上がるのを横目で確認すると、敵兵への踏み込みと同時に私は男性に合図を出した。男性の姿を見ることは出来ないが、走ってくれていると信じるしかない。敵兵はもとより銃口をむけている為、正面から突っ込めばやられてしまう。背後へと回り込むように走り込んで剣で薙払う。が、相手はプロの軍人だ。予測されていたらしい攻撃は、敵兵が構えていた銃に止められてしまった。見た目以上に頑丈な銃らしく、薙いだ私の方に剣を伝って振動がくる。間髪いれずに、剣から手を離すと敵兵の銃に手を置き、その銃を軸にして相手の顔に回し蹴りを食らわした。相手は銃から手を離してよろめいたが、死んだわけでも戦意を喪失したわけでもない。腰に携えた剣を抜き私に向かってくる。回し蹴りからの態勢を立て直せていなかった私は、慌てて剣を拾い相手の攻撃を受け止めた。だが、腰を落としたままの態勢のため、受け止めるのが精一杯だ。このままだと、殺されるかも…。そう恐怖が滲みかけた時、橋の向こうから声がした。

「西ラント道からの援軍が来たぞー!」

その声に相手の意識が削がれたのを感じ、私は力を込めて一気に相手の剣を払った。

殺らなければ、殺られる────
 
次の瞬間、私は敵兵の胸に剣を突き刺していた。気づいた時には、剣を伝い足元に相手の血が溜まっていく。
怖くなり剣を離すと相手は呻き声を上げながら倒れ込んでしまった。鼓動が速くなる。剣を離したのにも関わらず手にはまだ突き刺した時の感覚が残っていた。気持ち悪すぎて吐き気がする。軍人はいつも、こんな事をしているのか…人を殺すって、凄く苦しい…

「全軍、展開して攻撃開始。フェンデル軍を掃討せよっ!」

近くで声がし振り向くと眼鏡を掛けた青い軍服の青年が、同様に青い軍服の兵士に指示を出していた。その光景を見てここがまだ戦場である事を思い出す。近くに落ちていた剣を拾うが、戦う気にはなれなかった。だが、戦場である以上、敵側はそうにもいかない。私の気持ちとは無関係に敵兵は襲いかかってくる。剣を交えて相手の攻撃を受け止めるが、力を入れていなかった分、反撃に転じようとしてもなかなか押し返せない。
気持ち悪さも合間って苦戦していると、敵兵は突然力を失い崩れ落ちた。倒れた敵兵の後ろには、先程指示を出していた眼鏡の青年が、双剣を携えて立っていた。私をみると眉間に皺を寄せる。

「貴女は、民間人じゃないですか。ここはいいですから、早く避難してください」

それだけいうと青年は走り去っていった。






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