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2人の関係




真っ白な広々とした空間に、野球ボール程の大きさをした色とりどりの球体がそこかしこに浮かんでいた。一歩踏み出せば、それに靡くように球体が動く。
ここは何処だろうか。何度目かの感覚で夢の中だということは、なんとなくわかる。だが、いつもとは違い、パスカルやソフィの記憶を見るでもなければ、以前話した光が出てくるわけでもない。
立ち尽くしたまま辺りをゆっくり見回せば、手の届く距離にオレンジに輝く球体があった。そっと近づけば、球体の中に映像が流れている事に気づき、私はそれを覗き込む。そこには、ラントの裏山にあるお花畑が広がっていた。映像を眺め続ければ、幼い頃のアスベルと眼鏡少佐が姿を現す。何かをしているみたいだが、小さ過ぎてよく見えない。どうにか出来ないものかと球体に手を差し伸べたその時、不意に名前を呼ばれ私は声のした方へ振り返った。

「全く、君は好奇心旺盛なのか、それともただの馬鹿なのか、どっちなのかな?」

集束して渦を巻く光から響く声は呆れているようだ。それには構わず私は光に対して口を開いた。

「ここは何処?」
「僕の質問は無視かい?まぁ、いいけどさ。ここは君が望んでいた、ツインテールの記憶」

拗ねた口調で言いながらも光は私の質問に答えてくれた。“君が望んでいた”と言われた事もあり、ツインテールというのはソフィの事だろうと推測する。眼鏡少佐の時とは全く違う雰囲気に私はもう一度辺りを見回した。

「記憶の形…っていうのかな?それって人によって違ったりするの?」
「違わないよ。この本体は記憶を保存する機能が故障してるんだ。だから、断片的な記憶という意味で無数の球体が、この空間に浮遊している」

光の説明に、ソフィが記憶喪失だったという事を思い出し納得するが、言い方がソフィを物扱いしているようで妙に気に障る。軽く睨みつけるが、気づいているのかいないのか光は気にした様子もなく言葉を続けた。

「これが、君が見たがっていた記憶だよ」

言葉に誘導されるように、私の前へと青い球体が移動してくる。覗き込めば、薄暗くなった裏山のお花畑が映っていた。数人の人がいるのはわかるが、やはり小さ過ぎて誰なのかまではわからない。目を凝らして悪戦苦闘していると光から小さな笑い声が洩れた。

「なに?」
「変な事してるなぁ、と思って」

不機嫌に聞けば、光は不思議そうにけれど笑いながら答える。

「触ってごらん。記憶に入れるから」

促されて手を伸ばし球体に触れて見れば、球体の中で展開していた光景が目の前に飛び出してきた。一瞬の出来事に驚き堅く閉じた目を再びあげれば、銀髪の男性が此方を向いて、鋭い爪が付いたリストを両手に構えていた。わけがわからず後退れば、足がもつれてその場に尻餅をつく。

「ここは警護の者もいない……決闘にはふさわしい場所ですね………お命頂戴!!」

目の前の男性はそう叫ぶと一気に此方に走ってくる。それと同時に後ろからも足音が聞こえ、2つの影が私を通り抜け男性の攻撃を甲高い音と共に受け止めた。それは、ソフィと幼いアスベルだった。
そこで漸くここがソフィの記憶だという事を思い出し、落ち着きを取り戻す。立ち上がって、男性と戦う二人を見守っているが、幼いアスベルが危なっかしくてハラハラする。何とか立ち回り出来ているものの、成人男性と子供ではいろいろ不利があるのだ。自分の目的も忘れてアスベルを応援していると、後ろから微かに草の擦れる音が聞こえなんとなく振り返る。そこには数回に渡り私の夢に現れた金髪の男の子が脅えた表情で座り込んでいた。何故この男の子がソフィの記憶にいるのか疑問を感じたが、男の子の体が少しずつ後退している事に気づき私は慌てて男の子に近づいた。触れないのはわかっているが、止めようと手を差し伸べてみる。やはり、手は男の子の体を通り抜けなんの感覚も感じなかった。駄目だ、落ちる。

「リチャード!そっちは崖だ!」
「…崖?……ぅわあ!!」

アスベルが叫んだ内容に男の子が後ろを振り向くと、男の子は一気にバランスを崩した。落下する男の子に反射的に手を伸ばせば、私の手は通り抜けてしまったものの、男の子は宙吊り状態でそこにいた。横を見れば、アスベルとソフィがそれぞれ男の子の手足を掴んでいる。が、2人の態勢から見て落ちるのも時間の問題だ。徐々に2人の体も沈んでいき、もう駄目だと思った瞬間、いきなり場面が切り替わった。
片や切り立った崖の下、片や波が寄せる海といった場所で先程の3人が会話をしている。リチャードと呼ばれた男の子からアスベルが何かを受け取った後、彼がそれを地面へと投げ捨てたのが見えた。

「俺がお前を助けたのは金や物が欲しいからじゃない!王子様だったからでもない!なんていうか……ああもう!!」
「……ごめん…僕は君に失礼な事を……」

アスベルの言葉に申し訳なさそうにリチャードは答えるが、私はアスベルの言葉に耳を疑った。“王子様”と発せられた対象は、目の前にいるとても育ちがいい雰囲気の男の子・リチャードであり、現在アスベルとソフィの友人であるリチャード陛下も王族の人間で、幼い頃は王子様だ。という事は目の前にいるリチャードは、ストラタの大輝石の前で見た殺意に溢れたあのリチャード陛下と同一人物という事なのだろうか。一体何がどうなって、あそこまで変わってしまったのか全く想像出来なかった。
考え込んでいると、不意に周囲が明るくなり顔を上げる。また場所が変わり、お花畑に戻ってきていた。3人の姿が見えず、辺りを見回せば、お花畑の中に一本だけある大きな木の前で話し込んでいるのが見えた。

「俺たち、もう友達だろ?」
「友達…」
「…アスベル、わたしも……友達?」

そんな会話が聞こえ微笑ましく思う。今更ながらに気づいたが、以前眼鏡少佐の記憶で見た時と同様ソフィは今と全くかわらない外見だ。だが、知識は乏しいらしく友達というものをよく理解していないソフィにアスベルが説明してあげていた。そのアスベルが不意に“友情の誓いをやろう!”と言い出し、木にそれぞれの名前を彫った後、手を重ねて誓いを立てていた。

「…たとえこの先何があっても」
「僕たちは友達でいよう」
「友達で……いよう」

その3人の風景は、どこにでもありそうな幼い子供たちの友情と別段変わったところはなく、子供らしいことこの上なかった。
それから私は、ソフィが幼いリチャード陛下と過ごした記憶を幾つか見た。その全てが微笑ましいものばかりで、どうして成長したリチャード陛下がソフィに殺意を抱くのか、未だに理解出来ていない。それほどに、二人は仲が良いように感じた。
外見は年上だが知識が乏しいソフィにリチャード陛下はいつも優しく言葉をかけ、それが新鮮なのか笑顔も幾度となく零している。そんな雰囲気や綺麗なリチャード陛下と可愛いソフィは見ていて絵になっている気がした。

「ここ……危険。ここにいるの、危ない……」

ソフィの言葉に意識を向ければ、祭壇のような物がある広い場所にいた。祭壇には気を失っているようで動かないが、リチャード陛下の姿が見えた。城内を案内すると言ったリチャード陛下が時間になっても来ないため、ソフィ達は隠し通路を通ってここまで来たが、まさかこんな所にいるとは思いもしない。
私がソフィ達から意識を逸らしている間に魔物が襲ってきていたようでソフィとアスベル、眼鏡少佐がそれに対応し片付け終えるところだった。魔物を倒し終わり安堵する一向に、ソフィだけが険しい表情で周囲を伺っている。リチャード陛下に気づいて走り出すアスベルに制止を促していたが、アスベルはそれを聞かずに走っていく。不意にソフィが何かを察知して自身の後方にいた2人に振り返った。

「シェリア!ヒューバート!逃げて!」

だが、その言葉に2人が反応したと同時に、彼らは黒影に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。現在で生きているのだから大丈夫だとは思うが、地面へと落ちた2人は全く動かない。
一瞬の出来事に驚きながら、それを起こした巨大な影を見上げれば、影が自分の姿を捉えているように思えて身震いする。無意識に後退りながら、呪文のように“これはソフィの記憶だ”と何度も心の中で繰り返した。が、それでも影が自分を捉えている感覚は拭えない。

「貴様…」
「……っ!」

いきなり脳内に低い声響いて、射殺されたように動けなくなる。声は脳内に響いたが、その声の主は目の前の影だと何故だかわかった。体が震えてきて、何もしていないのに息が上がる。影が蠢き殺されると確信した瞬間、私の体を光が包み込み気がつけば球体が浮かぶ広い空間に戻ってきていた。
腕を掴まれている感覚して顔をあげれば、光から腕だけが伸び、その腕が私の腕を掴んでいる。それは誰が見ても引くであろう光景だった。

「ごめんね、君がアレと接触を持っていた事を忘れてしまっていた」

声が優しく言い掴んでいた腕を離してくれる。腕を下ろしてへたり込んだ私の身体は、まだ震えていた。それを見て光が“大丈夫かい?”と訊ねてくるのに、私は頷くだけの返事を返す。

「アレは僕を殺すために、人の記憶の中を探し回っているんだ。だけど、幸か不幸かアレは、君の事を僕だと間違えて認識してしまっている」

理不尽過ぎる命の狙われ方に睨みつけるような視線を送れば、光は困ったように続けた。

「仕方ないよ、君は僕と同じような存在なんだし、実際、他の記憶を見る事も出来る。アレが唯一僕を探し出せる場所と言えば他の記憶の中だけだからね」
「ゎ、わけがわからない……」

漸く震えが治まり、そう零せばまた“ごめんね”と謝られた。

「とりあえず、今君に注意して欲しいのがアレに関わっている他の記憶を覗かないようにする事。アレは、自分が居た時の記憶にしか入り込めないから、アレと接触が有るか無いかだけ気をつければいいよ」

そこまで言うと光は声色を変えて続けた。

「だけど、注意して欲しいのはアレだけじゃない。君に執着心がある他の記憶、君がとても興味を持った他の記憶は、入り込み過ぎると戻ってこれなくなる」
「本当に、わけがわからない…」
「つまり、今回みたいに安易に他の記憶を見ようとしない事に、越したことはないってこと」

言い終わると、光は“それじゃ”と呟き光を強めた。それに対し、私は制止の手を上げて口を開く。

「いろいろ聞きたいけど、無理そうだから一つだけ」

聞くだけ聞いてみる、という意味合いからか光が少し弱まったので私は構わず続けた。

「アレっていうのは影の事だよね?あの影は、一体なに?」

真面目な表情で見つめれば光は暫く間を置いた後、短く言い放った。
 
「……ラムダ」



 2人の関係



目を覚ませば私は汗だくで、手はソフィに握りしめられていた。私が起きた事に気がつくと心配そうに顔を覗き込んでくる。

「リク…魘されてた、…大丈夫?」
「……うん」

ソフィの言葉に答えた瞬間、一気に視界が歪み目尻から涙が零れ落ちた。驚いたソフィに“ごめん”と小さく謝る。
私は知ってしまったんだ、ソフィとリチャード陛下の関係を。
私は知ってしまったんだ、リチャード陛下とラムダの関係を。
私は見てしまったんだ、ソフィとラムダの憎しみ合いを。

あんなにも、笑い合っていた2人なのに……運命は、とても残酷だ。






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