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不安と恐怖




笑顔でいた嬉しさから私がソフィに抱きつくと、パスカルが羨ましそうに“あたしもー!”と騒いだが、ソフィに真面目な表情で“パスカルはだめ”と言われ“ずるいー”と叫びながらポカポカと私の背中を叩いていた。しかし、追いついてきたシェリアに“騒いでるの止めないと、パスカルの好きなバナナパイ食べちゃうわよ〜”と言われ、パスカルの動きはピタリと止まり逆に“シェリア〜”と叫びながら彼女に抱きついていた。バナナパイそんなに好きなんだ。
ご飯を食べていない私とパスカルに食べ物を買ってきてくれたらしいが“リクの好みを聞いてなかったから、何がいいのかわからなくて…”と言って差し出されたのは焼き鳥丼だった。紛れもなくシェリアの好みですよね。と心の中で突っ込み躊躇いがちに受け取れば、アスベルから“ほらみろ、やっぱり戸惑っているじゃないか”と言う声が聞こえ“そんな事ないわよ”と言い返したシェリアとちょっとした口論を始めてしまい、最終的に“喧嘩、だめ”と言って二人の間に割って入ったソフィにより、その口論は終了した。
港へ向かいながら、口論の途中に出た“女は黙って焼き鳥丼っていうじゃない”と言ったシェリアの言葉を思い出し、この世界のことわざ的なものは少し変わってるんだな、と思った。



 不安と恐怖



時刻は夜。私はライオットピークという闘技島へ向かう夜行船の甲板にいた。
先程まで男メンバーの部屋で全員集まり、図書館でわかった事をパスカルに説明してもらった後、体の異常等について打ち明け何か知らないかと問いかけたが、みんなの答えは全員一致で“知らない”という事だった。
記憶が見える事については、眼鏡少佐の記憶を不可抗力とはいえ見てしまった事に罪悪感があり言い出すことが出来ず、パスカルもそれに対して何も触れてこなかった。

柵に凭れ真っ黒い夜の海を眺めながらため息を吐く。ポケットから携帯を取り出し画面を開けば、充電切れと言うのを知らないかのようにそれは明かりを点した。ラントを出てからは、電話やメールが一切ない。もしこれで連絡を取ることが出来たなら、もう少し状況の把握が出来ていたかも知れないし、もっと大きな進展があったかもしれない。仮説で期待したい事を考えるのはよくないとは思うが、私の脳はそれを止めず、考えた後に落ち込むという事を繰り返していた。
私の体も、きっともう火葬されて骨だけになってしまっているのだろう。それを思うと、帰る方法がわかったところで、何の意味があるのだろうか。
そこでまた私は、深いため息を吐いた。

「そんな所にいては、風邪をひいてしまうぞ」

声が聞こえると同時に、後ろから毛布が掛けられる。振り向けば、教官がそこに立っていた。落ちないように毛布の端を持ち体ごと振り向いて軽く頭を下げる。

「ありがとうございます。教官はどうしてここに?」

首を傾げて訊ねれば、教官は私の横に立ち、柵に背中を預けた。

「若者は若者どうしで楽しむのが一番だ」

その言葉に“トランプしよー!”とはしゃいでいたパスカルを思い出す。私は参加しないと言ったのに飲み物の買い出しを頼まれたりもした。今頃4人で修学旅行の夜のように盛り上がっているのだろう。小さく笑えば、教官から“リクは行かないのか?”と聞かれ首を横に振る。

「今は、そんな気分になれないので…」
「不安か?」
「不安……かも知れません。私自身の事なのに、わからない事が多すぎて…みんなにはやるべき事があるのに、私はそれを邪魔しているみたいで、なんというか………苛つく」

俯いたまま毛布を持つ手に力が籠もる。
世界規模になるかも知れない事柄を止める為に動いているみんなに、私の為の時間を割いてもらうのは申し訳なさ過ぎるが、それに対して一人で動く事が出来ずみんなに頼ってしまっている自分に嫌気がする。

「それ程、気にすることではないと思うが。現にパスカルだって“貴重な本がいっぱいあって楽しかった”と言っていただろう」
「でも、無意味かもしれない。帰る方法がわかったところで、私の帰る場所はないかも知れない」

一度死んだ人間を迎え入れてくれるところなんて、ない。それが家族だとしても幽霊や夢にされるのがオチだろう。

「私の国では、死んで3日も経てば火葬されてしまいます。一度骨だけの存在となってしまった人間を迎え入れてくれる人がいるとは思えません」

教官は黙って聞いてくれていた。私はぼんやりと、開きっ放しで明かりの消えた携帯の画面を見て続ける。

「だから、帰りたいけど…帰るのが怖くて…。そんな私に構ってくれるみんなに申し訳なくて……」

携帯のボタンを押せば、時間が経って消えていた明かりがまた点いた。なんとなしに表示されている時間に目をやる。やっぱり時間は合っていない。

「俺たちのことは気にするな。お前さんが思っている程、みんな何とも思っちゃいない」

教官の声を聞きながら、私は眉を寄せた。携帯の画面へと顔を近づける。…おかしい。
何も言わずに画面と睨めっこをしていると“どうした?”と教官に話しかけられ、私は勢いよく顔をあげた。

「教官、ラントを出てから今日で何日目ですか?」
「約一週間くらいだが」
「ですよね…」
「それがどうかしたか?」

教官の質問に私は携帯を差し出し、日時が表示された部分を指した。そこには“8/15 5:02”の文字がある。日付も時間も数字だから教官にも読めるだろう。

「携帯っていうんですけど、ここに表示されてる日時が、私がこの世界で目を覚ましてからあまり進んでいないんです。買い替えたばかりなんで、故障っていうのも考え難いですし」
「もしかしたら、お前さんの世界の時間を差しているんじゃないか。と?」

言葉を遮られた挙げ句、真剣な目に何となく恐縮する。

「憶測でものを言うのは関心せんな」
「……………」
「だが、その可能性が有ることも否定出来ん。そう信じることで、不安や恐怖がなくなるのなら信じてもいいんじゃないか」

なんだか回りくどい言い方をされた気がするが、憶測なのは確かだ。難しい顔をしたまま黙っていると不意に頭をわしゃわしゃと撫でられた。

「今はそれを信じていればいいんだ」
「はぁ…」

間抜けな声で返せば、教官は短く笑って船内に通じる扉へと足を進める。

「そろそろ、中へ戻るぞ。風邪をひいてしまっては、それこそ皆に迷惑だ」
「…はい」

教官の後を追いながら、私はそう言葉を返した。


教官に温かいココアをご馳走になった後、部屋へ戻る為に2人で廊下を歩いていれば、男メンバーの部屋から男性の叫び声が聞こえてきた。声からしてたぶん眼鏡少佐だ。

「お前たち、何を騒いでいる!」

教官が声と共に扉を開ければ、お酒の臭いが鼻を掠める。首を傾げて隙間から部屋を覗けば、眼鏡少佐が壁際でパスカルに迫られているのが見えた。大胆過ぎる…!

「何をしているんですか!?退いてください!」
「なに?なにって…」

そう言ってパスカルは眼鏡少佐の耳元で何かを囁いた。途端に眼鏡少佐の顔が赤く染まっていく。今にも湯気が出そうな赤さで口をパクパクしている眼鏡少佐を助ける為、教官は2人に近づくとパスカルの首根っこを掴み軽々と持ち上げた。

「やっほ〜教官」
「物凄い酒の臭いだな…」
「ぁ、ありがとうございます」

パスカルが退いた事で眼鏡少佐も咳払いをして立ち上がる。教官が部屋の中へ入った為、私も中へ入ればお酒の臭いが強くなり鼻を押さえた。見回せば、アスベルは小さな窓から夜の海を眺め涙を流し何かぶつぶつと呟いて、シェリアも部屋の隅に縮こまり呟きながら百面相をしている。唯一普通に見えたのは、ベッドの上ですやすや眠っているソフィだけだった。

「こ、これは一体……」

扉を閉めて呆然と立ち尽くせば、教官は眠たそうに欠伸をしたパスカルを“もう寝ろ”と言ってベッドに放り投げた。扱い方が酷いがパスカルは気にした様子もなく、ベッドへ転がると寝息をたて始める。

「にしても、どうしてこんなに酒の瓶ばかりあるんだ?」

教官が無造作に転がる空き瓶を手に取り呟けば、眼鏡少佐が眉を寄せに寄せた恐い形相で私に近づいてきた。わけがわからず後ずされば、閉めた扉に背中がぶつかる。

「どういうつもりですか?」
「な、なにが?」
「惚けないでください!あのお酒、全て貴女が持って来たんじゃないですか!」
「ぇ゛?」

眼鏡少佐の言葉に目を丸くする。私はお茶とジュースを持って来たはずだと頭の中で買った時の事を思い出し、助けを求めるようにしゃがみ込む教官に目を向ければ“うむ”という頷きが返ってきた。

「烏龍ハイとスクリュードライバーだな」
「ぁ……ァハハハ」

また騙されたということ、私のせいでこの状況を作ってしまったという二重のショックから空笑いが口から洩れる。そこから崩れ込むように土下座をして謝れば、教官は“次に飲み物を買いに行くときは俺が付いて行ってやろう”と情けの言葉をかけてくれた。みなさん、本当にすみません…!






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