[携帯モード] [URL送信]
船の上で




メイドさんに挨拶をした後、部屋に戻ると眼鏡少佐がアスベルにお守りのような物を渡しているところだった。意外な一面だ、と思いながら“遅れました”と声をかければ眼鏡少佐から一喝されたのは言うまでもない。
みんなに簡単な挨拶をすれば、シェリアが“元気そうでよかったわ”と言ってくれた。以前と同じように優しく微笑んだシェリアの表情には、以前とは違う明るさが見えた。



 船の上で



今はストラタへ向かう船の中。私はロビーのテーブルの一つで突っ伏していた。折角の船なのだから甲板にでも出れば良いのだが、現在進行形でそれが出来ない状況にある。

「ぅ゛ぅ゛………」

短い呻き声を漏らしていれば、足音が聞こえた。が、足音に目をやる気力さえもない。

「どうした?船酔いか?」

声をかけられ、その人物がマリク教官である事に気づく。“そうなんですかね…?気持ち悪くて…”と首をゆっくり動かしてマリク教官の方を見れば、マリク教官はテーブルに置かれていたグラスを手に取った。先程まで私が飲んでいたグラスだ。中にはまだ飲み物が残っている。
グラスを軽く回し匂いを嗅いだあと、私の顔を見るマリク教官。しばらくしてマリク教官が口を開いた。

「頭痛がするんじゃないか?」
「……とっても」

確信のある口調で言われゆっくりと肯定すれば“船酔いではないな”と返された。

「酒に酔ったんだろう」
「酒?」

私が飲んでいたのはオレンジジュースだ。お酒など飲んだ覚えがなく疑問詞で返せば、グラスを掲げながら“これはカクテルだ”と言われた。

「オレンジジュース…では?」
「オレンジの味がしたか?」
「……オレンジに、何か混ざったような…」

私にしてみれば、ただのオレンジジュースではない味だったが飲みやすい味だったため、この世界のオレンジジュースというのはこういう味なんだと思っていた。のだが、違ったらしい。

「これは、ウォッカとオレンジジュースを混ぜ合わせたスクリュー・ドライバーというカクテルだ」
「ウォッカ!?」

マリク教官の説明から出た思いもしないお酒の名前に、驚きの声を上げてしまう。
カウンターの方をチラリと見るが、勧めてきたバーテンダーの姿はなく違うバーテンダーが立っていた。

「ジュースって言ったのに……」
「ウォッカの量はかなり少なめに作られているみたいだから、ジュースといえばジュースなんだがな」

言いながらマリク教官は笑っているが、私としては何も面白くない。この頭痛と胸の奥でくすぶっている吐き気をなんとかしてほしい気持ちでいっぱいだ。

「水を貰ってきてやろう。それを飲んで外の空気にでも当たれば、多少はすっきりするだろう」
「はぁい」

マリク教官の言葉に私は力ない返事と挙手を返した。



マリク教官が持って来てくれた水を飲んだ後“手洗いには頻繁に行くようにして、吐き気がするなら無理せず出した方がいい”と言われたので、御手洗いに向かおうと船内の廊下をゆっくり歩いていた。廊下は人通りも少なく静かだ。
お腹を押さえながら、吐いてしまおうか考える。吐き気はするし、しゃがみ込んで吐く態勢をとればすぐ吐けるだろう。しかし、吐いた後の疲労感を考えると吐く気も失せてしまう。
唸りながら考えていると、前方にある曲がり角の先からバタバタと走ってくる足音が複数聞こえた。自然と角へ目を向ける。ぶつからないようにと、角にさしかかる前に足を止めれば、足音の主が飛び出してきた。

「ソフィ…?」
「リクッ!」

飛び出してきたソフィに驚きつつも首を傾げれば、彼女は私へと向かってくる。その後ろからまた新たな人物が飛び出してきた。特徴的な髪色のパスカルさんだ。

「ソフィ〜ちょっとだけでいいからさ〜」

そう言って両手を突き出し訴えながら、ソフィの後を追っているパスカルさん。彼女の眼中にはソフィしか映っていないらしく私に気づく素振りは全くない。
何故、2人が追いかけっこをしているのかわからず立ち尽くしたまま目で追えば、ソフィはパスカルさんを引きつけるように私の隣で一瞬止まると、パスカルさんの手が届く直前に私の背後へと回り込む。そして、パスカルさんがこちらへと向き直るのを予測していたのか、ソフィはそのまま私の背中を押した。

「う゛っ!」

ソフィの意図がわからず顔だけで振り返れば、続けて前方からも衝撃をうけ呻き声をあげてしまう。腹部へのダメージは尋常ではなかったが、お腹を抱えようにもそれが出来ない状況だった。

「パ…スカル…さん…?」

正面から私に抱きついているパスカルさんを見下ろして、こみ上げてくる吐き気に堪えながらやっとのことで呼びかける。

「やっほーリクッ」

クリクリした目で抱きついたまま見上げられ“あれれ〜ソフィは?”と聞いてくる。ソフィは後ろにいるのだが、私は今それどこではない。

「パスカルさん…」
「さん?“さん”なんかいらないよ〜パスカルーって呼び捨てで呼んじゃって!」

“異世界の子と友達になる機会なんて、めったにないんだし仲良くいこうねっ”と嬉しそうに続けるパスカルさん。本来ならば私も嬉しいのだろうが、今は本当にそれどころでもないし、話してもいないのに異世界から来たと知っていることについても、どうでもいい。とりあえず、離れてもらわないと。

「パスカル…」
「ん?」
「……吐く」
「ひぃぃっ!!」

私の言葉に即座に反応したパスカルはすくさま飛び退き、私は床に出してはいけないものを、これでもかという程に吐き出した。



「本当にすみませんでした」

モップを持って拭き掃除をしている私の横でシェリアが船員さんに頭を下げていた。
シェリアは甲板に出ていたらしく、外から船内のロビーに行こうとしたところ、吐き出し終わって呆然としていた私と驚いて立ち尽くしていた2人に出くわし今に至る。

「ほら、あなたたちもちゃんと謝って」

掃除をする私と壁際に立つソフィとパスカルに声をかけ、3人はそれぞれ頭をさげて謝った。

「なんだか、シェリアってお母さんみたいだよね」

頭を下げたパスカルに小声で囁かれ“そうだね”と笑って返せば、シェリアの目がギロリとこちらを向いた。

「聞こえてるわよ」
「すみません…」






*前次#

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!