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いってきます




用事で出ているらしいアスベルたちが戻れば、すぐ出発する事を眼鏡少佐から伝えられ違う部屋を借りて着替えを済ませる。
久しぶりに自分の服に袖を通せば、馴染みの着心地に落ち着いた。キャミソールにジーンズ生地のベストを羽織り、下は短パンにカラータイツだ。元々は夏真っ盛りの場所に居たので少し肌寒く感じたが、日焼け防止でしていたアームウォーマーをつければそれも気にならなくなる。その上からホルダーと刀を差した。姿見で見れば、なんともアンバラスな格好で苦笑する。
部屋から出るとバウル好きのメイドさんと、襲撃の時以来顔を合わせていないかめにんさん、屋敷に置いてくれていたケリー様に挨拶をする為足を進めた。


ケリー様は自室でフレデリックさんにお茶を入れてもらっていた。ケリー様とフレデリックさんに向けて“今までお世話になりました”と頭を下げれば“いつでも帰ってきていいのよ”とケリー様は笑顔で言ってくれた。
その後は、メイドさんに挨拶をと思っていたが見当たらなかったため、先にかめにんさんへ挨拶に向かう。
かめにんさんはかめ車の前でバリーさんと話していた。バリーさんに稽古のお礼を言わなければいけない事を思い出し、そのまま2人へと足を進める。
盗み聞くつもりはないが近づけば、復興に必要な材料を安く購入出来ないかという交渉をしているのが窺えた。私の気配に気づき2人がこちらを見る。軽く頭を下げれば、それぞれに言葉を返してくれた。

「リクさんも何か入り用ですか?」
「ぃぇ、お二人に挨拶しにきました」

バリーさんの問いかけに、そう答えると首を傾げられた。

「ストラタへ行く事にしたんです」

2人には私が異世界の住人だという事は話していない為、下手な事は言えない。“ストラタへ行く”とだけ伝えれば、バリーさんが“どうしてまた?”と声を漏らした。が、それに被さるようにかめにんさんからもと声が飛んでくる。

「お金貯まったっすね?」

腕をウニョウニョと振りながら言ってくるかめにんさんに話を合わし“そうなんです”と答え、心の中で無視する形になってしまった事をバリーさんに謝る。
そんな私に対してバリーさんは、グミのセットをかめにんさんから買い、それを餞別と言って渡してきた。

「餞別にしては少しショボイかも知れませんが、受け取ってください」

餞別にグミとは変わった文化だな、と思い受け取ればバリーさんから“近くまで来たときは、ラントに寄ってくださいね”と言葉が添えられる。

「次来た時は以前よりも活気溢れた街になってますから」
「楽しみにしてますね」

笑顔で返した後、私はまた言葉を続ける。

「それと、稽古をつけてくださってありがとうございました」

言い終わるのと同時に深々と頭を下げる。バリーさんは手を横に振りながら“リクさんは吸収力が早いから、これからも頑張ればドンドン伸びますよ”と褒めてくれた。なんだか照れる。照れ隠しに笑えば“よかったっすね!”と、かめにんさんに背中を思い切り叩かれた。
その後すぐ、バリーさんは復興の作業に対して指示を仰がれ、この場を後にした。かめにんさんと私がかめ車の前に取り残され、かめにんさんは荷物に首を突っ込んで探し物をしている。声をかけても“ちょっと待つっすよ〜”と言うだけて他に反応が無いため、ジッと待っていればかめにんさんが急に声を上げた。

「あったっす!」

そう言って、荷物から取り出した物を見せてくれる。かめにんさんの手にぶら下がるようにして持たれたそれは、さくらんぼ色をした石のついたネックレスだった。

「……なんですか?」
「餞別っす」

かめにんさんの説明によれば、チェリークォーツ・別名さくらんぼ水晶という名の石がついたネックレスで、身につけていれば潜在能力を引き出してくれるらしい。売っても良い値にならない傷物らしく、御利益があるかどうかわからない代物だそうだ。
“御利益已然に潜在能力自体なかったら?”と聞けば、“そうなれば、ただの飾りっすね”と淡々と返された。私、普通の人間なんで潜在能力なんて無いんですけど…
傷物ではあるが、可愛らしいネックレスだったので有り難くいただいておくことにする。お礼を言えば“珍しいお土産頼むっすよ〜”とまた背を叩かれた。
旅行に行くわけではないんだが…
口には出さず“期待しないでくださいね”と声をかけ、手を振る。かめにんさんは“気をつけて行くっすよ〜”と言いながら手を振ってくれた。


屋敷の庭に行けば、メイドさんが水やりをしていた。意外にもちゃんと仕事をしている姿に感心する。呼びかけてストラタに行く事を伝えれば“よかったじゃない!”と喜んでくれた後、満面の笑みでお土産を頼んでくる。
かめにんさんと同じ思考回路なのか?
せっかく仕事をしているのだから、邪魔をするのも忍びないと思い、話を短めに切り上げ小さく手を振って足を踏み出そうとすれば、メイドさんに呼び止められた。

「リク」

初めて名前を呼ばれ驚いて振り返る。メイドさんは微笑んでいた。

「いってらっしゃい」

手をひらひらと振りながら言ったメイドさんの言葉は、なんだかとても温かかった。



 いってきます



穏やかな風が流れ、風車が回る街。
そんな街に住む、たくさんの人たち。
私が知り合ったのはほんの一握りの人たちだけれど、知らず知らずのうちに私の中で大切な存在に変わっていった人たちがいる。そしてまた、私の事を気にかけてくれる人たちがいる。
人と人との繋がりは、こんなにも温かいものだったんだと気づかされた。

この街は、私の本当に帰りたい場所ではないけれど、みんなとまた会いたいから今は、いってきます。





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