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立ち上る黒煙




疑問は色々あったが、目が覚めたということはあれは結局夢だったのかという事で落ち着いた。それよりもバウル好きのメイドさんがどうしてマジックを持っているのかという方に集中し、メイドさんを問い詰めていた。
その後、昨日の罰で昼のまかないを一人で作る事になったメイドさんに、無理矢理連れられてまかないの手伝いをさせられた。料理は不得意のため適当全開で壊滅的だったのは言うまでもない。
昼からは稽古と依頼をこなし過ごしていたが、かめにんさんの人手が欲しいという依頼で私は西の港へと向かう事になったのだった。



 立ち上る黒煙



辺りはもう真っ暗でかめ車にぶら下げられたランプの明かりだけが周辺を照らし出す唯一の光だ。港に着いたのは薄暗くなった夕方だが、荷物を積み込むのと数量確認に時間がかかってしまい現在に至る。
かめ車で荷物を運ぶのは二往復目らしいが、荷物は兵士の装備品や武器等の兵器が主だった。一往復目は食料が主だったらしい。なんでも眼鏡少佐が、近々戦が起こるとふみ食料や戦に必要な消耗品等を本国より調達したそうだ。かなりの量だとは思ったが、かめにんさんがいうにはこの量でも戦に向けての調達には些か不安がある。との事だった。
最後の荷物を積み上げると、ストラタの軍人さんと話していたかめにんさんに声をかけた。

「積み終わりました」
「ぉ、ありがとうっすよ!」

返事の後、軍人さんと少しのやり取りをし、かめ車へと戻ってくる。

「もう夜中っすから、今日はここで寝て明日、朝一でラントへ戻るっすよ」
「ぇ!?」

歩きながら一泊する事を告げたかめにんさんの言葉に驚きの声を上げ、かめ車の中を覗く。半分以上が荷物で埋まっている室内には、2人が寝れるようなスペースなどない。いったいどこで寝ればいいのだろう。と一抹の不安が過ぎるが、かめにんさんは気にしている様子もなくご飯の用意を始めた。

「にしても、お腹空いたっすね〜。炒飯でいいっすか?」

そう言うと答えも聞かずに中華鍋を取り出し準備を進めて行く。とその時、女性の声が飛び込んできた。

「お腹が空いているのですか?」

かめにんさんと共に声の方を向けば、茶色いコック帽を被ったブロンド髪の女性と、少し後ろに円筒が二つ出っ張ったよくわからない物を背負ている緑髪の少年がいた。

「なにか用事っすか?」
「夕飯を少し作り過ぎて余ってしまったので、どうかと思いまして」

そう言って女性は後ろの少年に目で合図を送ると、少年は先ほどは持っていなかった鍋をどこからともなく取り出した。女性が鍋を受け取り、蓋を開ける。中にはシチューが入っていた。シチューの香りが広がってくる。

「これ、食べていいんっすか?」
「はい、残り物ですから遠慮せず召し上がってください」

にっこり笑っていう女性に“助かるっす!ありがとうっす!”とテンション高めにかめにんさんは深めのお皿を渡しながら言った。

明かりの傍でそれぞれ適当な場所に座り合掌する。ふと、女性の方をみれば、男の子にもシチューを進めているのが見えた。男の子が、どこか怯えながら断っている様子に軽く首を傾げるが、特に気にもとめずシチューを口に運ぶ。そして────咽せた。
気遣う女性の言葉を手で制し早口で“大丈夫です”とだけ答える。
このシチュー…辛い。見た目は白いクリームスープに人参やジャガイモが入っているのだが、シチューにしては有り得ない程に塩辛い。あまりの辛さに次の一口を持っていけず、かめにんさんに目を向けると、彼は物凄い勢いでシチューをかき込んでいた。思わず目が点になる。
シチューのこの辛さは、この世界では一般常識的な感じなのだろうか。いやしかし、この世界で今まで食べた料理は私の世界でも食べたことがある物ばかりで、味も差ほど変わらなかったんだが……

「どうかしましたか?」

いつの間にか唸りこんでしまっていたらしく、女性に心配そうな声をかけられた。
はっきり言って私の口には合わない代物なのだが、善意でしてくれた事を無碍にするのは失礼ですよね…と心の中で覚悟を決め、手にしていたシチューを一気に口に流し込んだ。



夜が更けた頃、かめ車の横に小さく立てられたテントの明かりが消えていない事に気づいた。かめ車は狭いし、一応私は女の子だからという事でかめにんさんはテントを立てて寝る事になったのだが、明かりが付いているという事はまだ仕事でもしているのだろうか、それとも消し忘れか。気になった私は、かめ車から降りテントの入口に声をかけた。短くいつも通りのかめにんさんの声が返ってくる。テントの入口を開けかめにんさんがひょっこり顔を出した。

「どうしたっすか?」
「………甘い匂い…」

顔を出した隙間から甘い匂いが漂ってきて思わず声に出すと、かめにんさんは苦笑いした。

「さっきのシチュー、異様に塩辛かったっすから、甘い物が欲しくなったっすよ」

理由から私もつい苦笑してしまう。
あのシチューの辛さは一般常識のものではないようで、かめにんさんも無理矢理食べていたんだという事に気づき多少安堵する。
私の表情からかめにんさんも察したようで“辛かったっすよね〜”と笑っていた。

「リクさんも飲むっすか?ココア」

そう言うとかめにんさんは、やはり返事も聞かずにココアを作ってくれた。靴を脱いでテントにお邪魔し、ココアを受け取る。口に含めば程良い甘さと温かさで“ホッ”と思わず息を吐いてしまう。あの尋常じゃない辛さもなかった事にしてしまえるくらい、ココアの甘さに感激した。
かめにんさんとしみじみとココアを手に話をしていると、かめにんさんの後ろに置かれている物に気づき、私は話を変えた。

「かめにんさん、それって…」

言いながらかめにんさんの後ろを指さす。指の先を辿るように後ろを向いたかめにんさんは、そこにある物に気づき、手に取って振り返った。
鮫皮に柄巻きが巻き込まれた柄に、鞘に納まっている湾曲した刀身。紛れもなく日本刀だった。
この世界では刀とだけ呼ばれるそうで、合成でいくらでも作れるらしい。私がテントへくる数分前に売りに来た人がいたらしいが、私がかめ車内にいたためなおしに行けず、テントに置いていたんだそうな。
そんな刀を物欲しそうな顔で見ていると、かめにんさんは“そんなに欲しいなら今回の報酬はカタナにするっすか?”と声をかけてくれ、私は勢い良く頷いていた。


目が覚めた時、かめ車は大きく揺れていた。驚いて飛び起き外を見れば、街道が目に入る。呆けていると、かめにんさんの声が耳に届いた。

「起きたっすか!なかなか起きないから、そのまま出発しちゃったっすよ」

側面から顔を出していた私は、前から聞こえてくる声に目をむければ、かめにんさんが紐を持って座っているのが見えた。
一旦中に戻り前方へと再び顔を出せば、かめにんさんから“おはようっす”と笑われた。

「もうすぐラントっすよ〜。朝ご飯食べて力付けるっす」

そういってラップに包まれたサンドイッチを渡される。なんだか至れり尽くせりな仕事だなと思いながらお礼を言って受け取った。それに続けてベルトのような物が渡され、首を傾げる。

「ホルダーっす。中古品のカタナだけじゃ報酬には足りないっすから、それも報酬の一つっす」

説明しながらかめにんさんは“今付けてるのよりは良いものっすよ”と付け足した。意外と良く見てるんだなと感心する。

「まだ依頼終わってないのに貰ってもいいんですか?」
「いいっすよ。整理するのが面倒っすから」

笑いながら言うかめにんさんに“ありがとうございます”と返し、顔引っ込めてホルダーを付け替えてみる。今までは兵士用の物だった為暑苦しいような堅苦しいようなイメージのホルダーだったが、かめにんさんがくれた物はデザイン重視らしく、フレデリックさんには悪いがとても気に入ってしまった。

ホルダーに満足した後、ラップを剥がしてサンドイッチを頬張っているとかめにんさんが声をかけてきた。外を見るように促されて顔を出す。かめにんさんが指した方角に黒煙が立ち上っているのが見えた。

「この方角って……」
「ラントっすよ」

恐る恐る聞けばかめにんさんは即答で返してくれた。嫌な汗が流れてくる。

「また、フェンデル?」
「ぃゃ、これはたぶん王都からっすね」
「王都!?どうして?見方じゃないんですか?」
「内乱っすよ」

驚きの声を上げれば、かめにんさんは私に視線を移し説明してくれた。

「セルディク大公がリチャード陛下に倒されて、昨日戴冠式をしたとかっす。ラントにストラタ軍を連れてきたのはセルディク大公っすからね、リチャード陛下としては気に入らなかったんじゃないっすか」

リチャード陛下が内乱を起こしているというのは聞いていたが、国王になった後も気に入らないだけで自国で内乱を起こすなんて聞いた事がない。理由は色々あるのだろうが、国王なのだから、軍を撤退させるのならもっと別のやり方があるだろうとも思う。
気づけばかめ車は歩みを止めていた。

「どうしたんですか?」
「リクさんはここで降りるっすよ」

止まったかめ車を不思議に思い尋ねれば、降りてという声が返ってきて少しながら驚く。

「かめ車はこのままラントに入るっすよ。だけど、リクさんは一般人っす。わざわざ戦の起きている場所に行く必要はないっす」

そう言われて、はいわかりました。と降りれるわけがない。気になる事はいっぱいある。バウル好きのメイドさんや花の依頼を持ってきて兄妹の安否・また、兄妹のような親を亡くす子を出してはいけないという思い、王都方面へ行っていたシェリアも、もしかしたら帰ってきているかも知れない。それに何より、リチャード陛下という人物が気になって仕方なかった。今まで夢だからと何も思いはしなかったが、眼鏡少佐の不思議な夢を見た後では、夢の中の金髪の男の子が陛下と同じ名前だという事にも何か意味が有るのではないかと思わせる。

「大丈夫です。自分の身くらい自分で守れます。それに、こんな時に役に立たないと稽古をつけてもらってるバリーさんに申し訳がつかないです」

私の至って真面目な表情にかめにんさんは渋々了承し、再びかめ車はラントへと向かって動き出した。

「ラントの手前で降ろすっす。かめ車に乗ってると動き辛いと思うっすから」

かめ車は大通りを避けて屋敷へと向かうらしい。かめにんさんの声を聞きながら、人と真剣を交える事にまだ不安がある自分に気づいた。
いつまでも怯えや不安を抱えていては、前に進めない。

「生きたいなら迷いを捨てろ、私…!」

かめにんさんから依頼の報酬にしてもらった刀を受け取りホルダーにかけ、深く深呼吸をすれば、かめにんさんから声がかけられた。外を見れば、ラントの門が見え喧騒が聞こえてきている。

「ここで降ります」
「わかったっす。依頼の処理はやっとくっすから心配しないでいいっすよ」
「ありがとうございます」

かめ車から降りて頭を下げればかめにんさんは笑っていた。

「死ぬんじゃないっすよ〜」

そう行って手を振ってくれるかめにんさんに手を振り返し、私はラントへと走った。






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