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流れ込む記憶




そこは、裏山の花畑だった。
おかしい。私は執務室を出た後、メイドさんのもとへ行き服を返して就寝したはずだ。裏山になんて行った覚えもない。
疑問に思いながら周囲を見渡すが、そこは紛れもなく花畑だった。陽が真上に在ることから、お昼頃なのだろうと伺える。
どうして花畑にいるのかはわからないが、とりあえずラントに戻ろうと振り返ると、赤髪の男の子が私をすり抜けて走って行った。驚いて振り返ると、男の子は少し乱れた呼吸を整えながら私の後方へと声をかけた。

「遅いぞ、ヒューバート」
「待ってよ、兄さん」
「ヒューバートが転んだ」

声に反応してまた振り返れば、ソフィと青髪のひ弱そうな男の子が歩いて来ていた。

「また、転んだのか?仕方ないなぁ、見せてみろよ」

赤髪の男の子が二人に近づいて行く。三人とも私には見向きもしない。すり抜けた事から、見えていないのだろうと推測する。
三人が楽しそうに話している様子を見ながら、二人の男の子に見覚えがある事に気づいた。

───屋敷の肖像画だ。

あの肖像画は眼鏡少佐が小さい時に書かれた物だとフレデリックさんから聞いた事がある。だから、青髪の男の子はヒューバートなのか、と一人納得した。ということは、赤髪の子はアスベル。
そこで一つ疑問が生まれた。二人の姿は幼いのに、ソフィは私が初めて会った時と同じ容姿をしているのだ。
なんでだろう…そう疑問に思ったのも束の間、不意に後ろから男性の声が聞こえた。声がした方向に振り返れば、体格のいい赤髪の男性と幼い眼鏡少佐の姿があった。場所も執務室に移っている。
この男性も、肖像画に書かれていた人だ。アストンさんだっただろうか。眼鏡少佐の父親にあたる人だ。

「ヒューバート、お前をストラタのオズウェル家へ養子に出すことにした」

不意に発せられたアストンさんの言葉に幼い眼鏡少佐の表情は固まり、俯いてしまう。俯いたその顔には驚愕の色が強く出ていた。こんなに幼い頃に養子にだされたのか…
大人になったら大丈夫という問題でもない気はするが、それでも小学校低学年程の年齢で養子に出されれば泣きたくもなるし、不安にもなるのは無理がないだろう。
反論するのかと見ていれば、幼い眼鏡少佐はゆっくりと口を開いた。

「はい…」

耳を疑った。理由すらも聞かないなんて。頭はいいのだろうが、子供らしい返答ではないように思った。

「ヒューバートくん、君は今日からオズウェルの人間だ。しっかり勉学に励んでくれ」
「はい。養父さん」

また声がして振り返れば、見知らぬ場所で見知らぬ人と幼い眼鏡少佐が会話をしていた。口角を上げ笑顔を見せる幼い眼鏡少佐の目にはなんの感情も伺えない。それと同時に声が響いた。

 どうして僕は捨てられたの?

どこから響いた声かわからず辺りを見回せば、足下にうずくまっている幼い眼鏡少佐に気が付いた。泣いているのか少し震えているように感じる。


 僕のこと、嫌いなのかな


 いらない子なのかな


 父さんや母さんは、僕が嫌い?


 父さん………


 ……………………


響かなくなった声にいたたまれなくなり、塞ぎ込む幼い眼鏡少佐にそっと手を伸ばせば、やはり触れる事は出来ず空をかいた。
不意に幼い眼鏡少佐が立ち上がる。そして俯いていた顔を上げた。


 あんな人たち、親じゃない


そう言った彼の顔からは、幼さが無くなっていた。そのまま、姿も消えて辺りは暗闇に包まれた。

「なんなんだ…」

わけがわからない事柄に悪態を吐く。この状況に至る前の事を考えれば夢である可能性が一番高いのだが、私は眼鏡少佐の事情なんてものは全く知らない。これが私の妄想であるのなら、自分の想像力に拍手を贈りたい気持ちだ。
そんな事を思っていると視界の端に人影が見えた。次はなんだと、そっちに視線を向ければ今よりも少し幼い軍服姿の眼鏡少佐と同じように軍服を着た女の子がいた。

「オズウェルの人間なら、そんな簡単に人を信じちゃ駄目でしょ」
「そうでしたね……」

女の子の方は手に持っていた槍を構える。そして再び口を開こうとした時、不意に後ろから声がした。

「やっとみつけたぁ。駄目だよ、人の記憶に入りこんじゃ」

振り返れば目の前には手があった。その手はとても真っ白で、白以外視界に捉える事が出来ない。

「まぁ、僕と似たような物になってるから無意識なんだろうけど」

声はそう言ってクスクス笑った。この人は、何か知ってる。

「もうすぐ夜が明ける。帰らないとね」

手が額に乗せられて、意識が遠のいて行く。
「ちょっと待って、あなたは」
「僕のところに来たら」


 教えてあげるよ────


声を聞きながら、私は目を閉じた。



 流れ込む記憶



ハッとして目を開ければ、目の前にバウル好きのメイドさんの顔があった。私の目が開いた事に驚いて飛び退くメイドさんの手には、マジックが握られている事に気がつく。

「それ、なにかな?」

黒い笑顔で聞くと、メイドさんは苦笑いでマジックを隠したあと、ごめん、と些か残念そうに謝った。





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