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和解




執務室は居心地が悪かったため、いつもお茶を飲みゆったりしてる休憩室で話そうと不機嫌そうな眼鏡少佐を連れて向かえば、美味しそうにお菓子を頬張っていたバウル好きのメイドさんが私と眼鏡少佐を見て固まった。
この人、いつ仕事してるんだろう。



 和解



粗方話し終えると、一緒に聞いていたバウル好きのメイドさんは口を開けたまま固まっていた。
眼鏡少佐は、パラパラと何かの資料を無言で捲りながらこちらを見ようともしていない。
沈黙に耐えきれず、だからといって発する言葉も見つからず置かれていたお茶を啜れば、眼鏡少佐が静かに口を開いた。

「それで、僕にどうしろと?」
「ぃゃ…なんというか…」

視線を向けられ、そう聞かれる。
私はただ、眼鏡少佐が睨んでくる原因は私の事をよく知らないからなのでは、と思い話をしただけで、大層な理由はこれと言ってない。睨まないでほしいというのはあるが、そんな理由で話してる自分が今更ながら馬鹿みたいに思える。
返答に困り果てていると、固まっていたメイドさんが漸く自分を取り戻したようで拳を握って机を叩いた。

「君って異世界の人だったんだね!」

心なしか興奮気味の口調で言うと、メイドさんは一人納得したようにうんうんと頷いている。よくわからず、首を傾げればメイドさんは気づいて話してくれた。

「4日くらい前だったかなぁ。メイド長が、見たこと無い字が書かれたタグの付いた服を持ってて、何て書いてるんだろうねぇ〜ってメイドのみんなで話してたんだ。君の服だったんだね!」
「そういえば、服洗濯に出してから返ってきてない…」
「あれ?もうとっくに洗い終わってるはずだけど」

貸し出し用の服がいつも部屋に置かれている為、自分の服の事をすっかり忘れてしまっていたが、暫く自分の服を着ていなければ見てもいない事を思い出した。

「その服なら、僕が持っています」

メイドさんと軽く首を傾げていれば、眼鏡少佐の声が飛び込んできた。無視してしまっていた事に焦ったが、それよりも眼鏡少佐の言葉に驚いた。

「……まさか、少佐にそんな趣味が?」
「変な勘違いをしないでください」

ダイレクトに口へ出したメイドさんを、眼鏡少佐は一撃で撃沈させる。視線で説明を求めれば、眼鏡少佐は手に持っていた資料を机に置いた。
見易いようにこちらへむけてくれたが、まだ10歳児向けの物までしか本の読めない私には、暗号に近い文だ。ところどころ数字の羅列が見え、何かの数値だろうかと勝手に思い込む。

「貴女が着ていた服の生地に見たことのない物があったので、材質を調べさせていただきました」

そう言うと、眼鏡少佐は資料を使いながら材質について説明しだした。
手頃な値段でデザインも気に入ったために買った服の材質なんて、説明されたところでわかるはずかない。とりあえず、相づちは返すものの全く理解していなかった。

「また、この生地にはセルロース繊維が使われているようですが、元々このセルロース繊維は低品質の短い繊維で今の技術では到底衣類等に使う事は不可能だそうです。ですが、貴女の服に使われているそれは、何らかの化学反応により別の物質が干渉し本来のセルロース繊維と─────」

長々の続く眼鏡少佐の説明は、材質の説明というより化学の授業だ。メイドさんを見れば、わかっているのかいないのか眼鏡少佐の説明をうんうんと頷きながら聞いている。
いつまで続くのだろうかと軽く肩を落とすと、眼鏡少佐の話が不意に止まった。咳払いを一つしてズレた眼鏡を上げる。

「難し過ぎましたね。貴女は頭が弱そうですので、説明はこのくらいにしておきます」

あれ?今、馬鹿にされた?されたよね?
口には出さないが、同意を求めるようにメイドさんを見れば、そっと肩を叩かれた。慰められてるよ…。

「簡単に言えば、この世界にはない材質の服を着ているため、貴女の異世界説も信じなければいけない方向になっているわけです」
「はぁ…」

既に、何の話をしてたっけ?という状態に疲れから生半可な返事を返してしまう。

「疑り深いというのは僕の性格ですが、貴女が異世界から来たという件に関しては、もう疑ったりするのは止めましょう」

その言葉に多少だが嬉しさを感じた。これで睨まれずにすむのかと思うと、屋敷の居心地も変わってくる。一人頭の中に花を咲かせていると、眼鏡少佐が立ち上がった。

「もうすぐ会議なので、僕はこれで。貴女の服は後で誰かに持って行かせます」

眼鏡少佐は言いながら扉へ歩くと、不意に足を止めてこちらを向いた。

「先ほどの貴女の話、シェリアにはしましたか?」
「いえ、詳しくは話してないです」

そう答えると、眼鏡少佐はため息混じりに“でしょうね”と呟いた。

「帰ってきたら話して上げてください。彼女、僕に貴女の説明をした時“裏山の花畑に倒れていた異世界から来たリクという名の女の子”としか言いませんでしたので」

それだけ言い残すと眼鏡少佐は扉を開けて出て行った。
シェリアがしていた説明にやっぱりな、と頭の中で呟きながらお茶を啜る。隣に座るメイドさんもお茶を飲みながら“なんか凄いね、君”と話しかけて来た。その言葉に応えようと口を開ければ、休憩室の扉が勢いよく開かれた。
自然とそちらに目を向ければ、鬼の形相をしたメイドさんが一人立っている。隣に座るメイドさんが短い悲鳴をあげていた。やっぱり仕事サボってたんだな……
鬼の形相のメイドさんは先輩だったらしく“ミーティングまでサボってんじゃねぇ!”と怒鳴られた後、バウル好きのメイドさんは引きずられるように連れて行かれた。
クビ、大丈夫かな?と思うと同時にメイドさんって意外と口悪いのかな?とも私に思わせた。


夜、私はメイドさんの手伝いをしていた。
昼間手伝えなかった分、夜に手伝いを申し出ると急にジャンケンを迫られ、それに負けてしまった私は何故かメイド服を着せられた。タイツを履いているものの、めったに履かないスカートのスースー感に気持ち悪さを感じる。無駄に多いフリルも嫌気がし、着せられたとは言え着てしまっている事実に自己嫌悪した。
そして、そんな私に与えられた仕事は執務室へ食事を運ぶこと。これは一体なんの虐めだ?誰の陰謀だ?ブツブツ呟きながらも食器の乗ったワゴンを押しながら執務室の前まで来ると軽くノックした。中から短い返事が返ってくる。
扉を開けて中に入ると眼鏡少佐が一人書類と睨めっこをしていた。
ワゴンを押しながら机に近づと眼鏡少佐の視線がこちらを捉え、そのまま訝しげな表情へと変わる。

「その格好は…何ですか?」
「ジャンケンに負けたら、着せられてしまいまして……」

眼鏡少佐の問に、苦笑しながら答えれば“そうですか…”と少し引き気味に返された。引かれると逆に辛い。話題を変えようと目をキョロキョロさせると、持って来た食事に目が行った。

「今日の少佐のメニューはみんなとは違うらしいですよ」

手を合わせて明るめに言えば、眼鏡少佐の目が“何故ですか”と聞いてくるようで、私は続けて説明する。

「会議の後、少佐がずっと執務室に籠もりきりだと知った奥様が自ら厨房に入って作られたそうで」

そこで一旦言葉を区切ると、私は皿に被せられていた蓋を取った。籠もった湯気が出来たての良い香とともに立ち上る。

「オムライスです」

そう言って眼鏡少佐を見れば、その表情は曇っていた。それ以外の反応を見せない眼鏡少佐に困り果て言葉に詰まってしまうと、個人的に余計気まずい空気が流れる。

「ぇ〜…お嫌いですか?」
「いえ」

振り絞って聞けば、即答で素っ気ない返事が返り“後で食べますから”と視線を書類へと落とした。
ワゴンを邪魔にならない場所に移動させると何か踏んでしまったらしく、クシャっという音が足下から聞こえ視線を落とす。
足を退ければヒールで踏まれた跡がくっきりと残った高貴感を漂わせる封筒があった。拾い上げて軽くシワを伸ばすが戻らない。仕方ない…よね。と開き直り机を挟み少佐の前へと進む。

「少佐、これ────」

踏んでしまいました。すみません。と続ける前に、少佐の手が伸びて強引に差し出していた封筒を奪い取る。その拍子に封筒を持っていた左手に少佐の手が当たった。



 どうして、僕は………


 帰りたいよ


 僕は………捨てられたんだ───


な、んだ?これ……



「リクさん!?」

眼鏡少佐の声が聞こえて我に返れば、目の前に眼鏡少佐の顔があった。困惑した表情で私の肩をがっしりと掴んでいる。その状況に今度は私が困惑した。
一体これはどういう状況だ。さっきのはなんだ?

「大丈夫ですか?」
「大丈夫……です」

答えれば手を離し、多少の安堵を見せる眼鏡少佐。

「話しかけても返答がなかったので、……心配しましたよ」

言いながら眼鏡少佐は椅子に腰を下ろす。何が起こったのかよくわからなかったが、眼鏡少佐の言葉から彼に聞いたところでわからないだろうと推測し、笑顔ですみませんとだけ謝った。

「大丈夫ならいいんですが…」
「私はこれで失礼しますね」

語尾を濁す眼鏡少佐に私はそう言うと軽く会釈をし“冷めないうちに召し上がってください”と言い残し部屋を後にする。
眼鏡少佐の表情が晴れてはいない事には気づいていたが、晴らせる程、今一瞬のうちに起きた出来事が自分でもよく理解出来ていなかった。
扉を閉めて息を吐く。
一瞬脳内に見えた男の子と、流れた声。あれは一体何なのか検討も付かない。こういった事柄自体初めてで私は頭を抑えた。





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