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花の冠




───お前の名は?

闇色が囁いた。

───リチャード。……きみは?

金髪の少年が不安そうにいう。

───我は、ラムダ。

闇は凝縮し人の形をかたどった。
ショートヘアーの幼い男の子だ。

───ラ、ムダ………

2人はお互いに手を伸ばし、そして取り合った。



 花の冠



うっすらと目を開けると、見慣れた借り部屋の天井が見えた。体を起こそうとして、左腕が全く動かない事を思い出す。右腕だけを使いなんとか起き上がると、左腕へと視線を向けた。袖を捲ると包帯が巻かれており、手当てがされていることがわかる。この左腕はもう動かないのだろうか…考えはするが、不思議と不安にはならなかった。それよりも、気を失ってから今までの事がわからないため、2人のことが気になる。ベッドから降りようと伸ばしていた足を床に付けると、ドアをノックする音が聞こえそれに返事を返す。入って来たのは眼鏡少佐だった。

「目を覚ましたんですね。気分はどうです?」
「大丈夫です。それより、あの2人は?」
「子どもたちなら無事ですよ。母親から叱られていましたがね」

2人が叱られている様子が微笑ましかったのか、眼鏡少佐の口もとには笑みが浮かんでいた。こんな表情もするのか、と意外に思う。

「あなたに、預かり物です」

眼鏡少佐がそう言って差し出したのは、花の冠だった。右手で受け取りながら、説明を求めるように眼鏡少佐を見れば、子どもたちからお礼だそうです。と言い私へと近づいてきた。

「ところで、左腕をウルフに咬まれたそうですね」
「あぁ…まぁ…はい」
「出血は止まったみたいですが、痛みは?」
「ないです」

感覚すらないですけど。と心の中で呟くと、眼鏡少佐は不意に私の左腕に触れた。感覚がないので見ていなければ、どこを触られているのか全くわからない。眼鏡少佐は、傷口を見るためか包帯を解いていった。

「酷いですね…」

左腕はウルフの牙の痕がはっきりとわかるように大きく穴が開き、所々が抉れている。皮等はとうに剥がれ中の肉が変色していた。傷口だけをみれば、到底腕には見えず、どうして出血していないのかもわからない。
眼鏡少佐の顔も曇っていた。

「本当に、痛くないんですか?」
「……感覚が、ないんです」

傷の状態に怖くなり、躊躇いながらも口を開いた。眼鏡少佐はわかっていたかのように、そうですか。と呟き、私の左腕を包むように手で覆った。集中するように目を閉じる。すると、眼鏡少佐の手は光をおび、傷口は緑色の光によって包まれた。腕は暖かさを感じ、傷が少しずつだが治っていくのが伺える。これが輝術というものなのだろうか。まんま魔法じゃないか。目の前で起こる現象に驚き過ぎて言葉が出ないでいると、不意に激痛が襲ってきた。

「ぅ゛…っ!!」

傷が癒えてきたことで神経が繋がったのか痛みが戻ってきたのだ。貰った花の冠を置き空いた右手で左腕の付け根を思い切り掴み、両腕に力を入れて痛みに耐えていると、暫くして痛みは嘘のように消えていった。

「終わりした」
「……治ってる…」

傷があった場所を見れば、少し痕が残ってはいるが肌は健康的な色に戻り、腕も動かせるようになっている。凄い…凄すぎる。

「専門ではありませんので、少し痕が残ってしまいましたが…」
「ぃぇ、大丈夫です」

言いながら視線を腕から眼鏡少佐に移せば、眼鏡少佐は顎に手を添え何か考え事をしているようだった。どうしたのだろうか?と思いながらも言わずに見ていると、視線に気づいたのか、なんでもありません。と、いいながら踵を返す。そのまま部屋を出て行こうとする背中を急いで呼び止めお礼を言えば、眼鏡少佐は振り向かずに口を開いた。

「お礼なら、子どもたちに言ってください。異変に気づいた子どもたちが、あなたの腕を治してほしと泣いて頼んできたんですから」

言い終わると、眼鏡少佐は静かに部屋から出て行った。私は、改めて受け取った花の冠を手に取る。
町から一歩出れば魔物が襲ってくるし、町にいてもいつ攻め込まれるかわからない物騒なこの場所で、誰かの事を思いやれる心があるって凄い子どもたちだ。純粋過ぎるってのも、いいなぁ

「お礼か…花ってがらじゃないんだけど、似合うかな?」

一人で呟きながら、私はつい口を緩めた。



傷が癒え一眠りした翌日、私はアンパンマンマーチの着うたで目を覚ました。あの野郎…と悪態を尽きながら、音楽の原因を知るため携帯を開いてみれば、友人からのお誘いのメールだった。
私は、死んだはずではなかったのだろうか?とメールの日付をみれば“8/15 3:24”の文字が。疑問を感じ、気にもしていなかった携帯の日付と時間を見れば、メールと全く同じ時刻をさしていた。私が死んでから3時間程しか経っていない。やはりおかしいと疑問に思いながら考えたあげく結局答えが見つかるはずもなく、着たのだから返せるんじゃないだろうかと結論に落ち着き返信を打てば画面には難なく“送信完了”の文字が映った。一体、どうなってるんだろうか。
疑問もそこそこにして、休憩室へ顔を出すとバウル好きのメイドさんが私にむかって飛び込んできた。それを咄嗟にかわせば、メイドさんはむくれ顔でこちらを向く。

「ちょっと傷ついたかも…」
「ぁ、ごめん」

肩を落としながらもメイドさんは私の左腕に視線を移すとすぐさま掴んだ。驚いて体がびくつく。

「左腕動くの?」

頷けば、目を丸くしてあれだけ酷かったのに…と、小さく呟くメイドさん。包帯を巻いたのはメイドさんなのだろう。
私の左腕を動かし痛みが無いことも確認すると、メイドさんは手を離し椅子へ座るように促してくれた。メイドさんも依頼のファイルとカップ一脚を持って私の向かいに座る。

「もしかして、少佐が治したの?」
「そうだけど」

確信があるような物言いでメイドさんが言った事に疑問を感じ、依頼ファイルに伸ばしていた手を止めた。と、同時にお茶の入ったカップがメイドさんから差し出される。

「昨日の夜、子どもたちから腕のこと頼まれてるのを見たんだ。でも、医者の手配とかはしてなかったから、冷たい人だなぁって思ったんだけど、まさか少佐が輝術使ってくれるなんてねぇ」

お茶を片手に、おばさん臭い口調で感慨深く頷くメイドさん。
そういえば、眼鏡少佐にはガンを飛ばされたことぐらいしかないのに、よく治してくれたなぁと今更ながらに思う。軍人としての一般人に対する対応なのか、押しに弱いのかは定かではないが、眼鏡少佐はもしかすると私が思っている以上に純粋な人なのかも知れない。
そんな事を考えていると、メイドさんのポツリと呟くように言った言葉が耳に入ってきた。

「見た目によらず、案外優しいのかもね」

言い終わるとすぐに、カップの中のお茶を一気に飲み干し立ち上がった。

「へ?」
「仕事してきまぁす!」

メイドさんの素早い動作についていけず疑問詞を投げかければ、彼女は“じぁね”と手を振りながら部屋を出て行った。


廊下を歩きながら考える。考え過ぎてか、何度か壁にぶつかっていたりするのは自分だけの秘密だ。考え事は言わずもがな眼鏡少佐の事だった。
自分が思ったように純粋でメイドさんが言ったように優しいのならば、どうしてここまで嫌われているのか。いや、自分が怪しいというのは重々承知で、大した説明もしていないのに信じたシェリアたちのほうが珍しいのはわかる。そこでふと、疑問が浮かんだ。

「シェリアは…眼鏡少佐に、どんな説明をしたんだろう…」

彼女はたしか“簡単な説明をした”と言っていた気がする。自分の説明自体詳しくはしていないのに、それを更に簡単にしたのならば説明不足もいいところではないのか。
気づけは私は、執務室の前に立っていた。迷いながらもノックの手を伸ばし、叩く前にまた迷う。
話したところで眼鏡少佐の対応がよくなるわけでもなく、寧ろ“だから何だというのですか?”と言いそうでならない。自分の気持ちとしても、話したいのか話したくないのかよくわからなかったりする。執務室の前に一人唸った。

「何をしてるんですか?」
「うひぃっ!」

自分の世界で悶々と考え込んでいるところに突然声が飛び込み驚いて変なん声を上げれば、呆れた口調で“何ですかその声は…”と返される。声から察しはついたが、恐る恐る振り返ればそこには眼鏡少佐が立っていた。

「じ、実は斯く斯く云々で〜…」
「何の説明にもなっていませんが」

明らかな挙動不審状態な私の言動に、眼鏡少佐の眉間のシワが濃くなる。
あぁ、これはやばい。このままだと話す云々以前に、私の人徳が消え去ってしまうのではなかろうか。ここはもう、覚悟を決めて強引にいこうっ!

「お話があるんですっ、眼鏡少佐!」

強く拳を握って言えば、眼鏡少佐の眉間のシワは更に濃さを増し、私は固まった。
やってしまいました。





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あきゅろす。
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