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玄関ホールで




夜、メイドさんの休憩室でフレデリックさんに字の五十音的なものを教えてもらうと、意外にもローマ字にそっくりだった。どうして読めなかったのが、自分の頭が嘆かわしい。
とりあえずはこれを覚えてくださいと、フレデリックさんが書いた五十音と練習用のノートを受け取った。フレデリックさんの予想に反し意外にも覚えが早かったようなので、明日絵本を持ってきてくれる事になったのだが、覚えが早い、というよりも、ローマ字とあまりかわらないため読み書き出来るだけだったりする。
一通り教えてくれると、フレデリックさんは帰って行った。



 玄関ホールで



翌日、私がもらったお手伝いは玄関ホールの清掃。なんでもメイドさんの間で風邪が流行っているようで、三人も休んでしまったらしい。いつもは小さな部屋や簡単なお手伝いばかりなのだが、人手が足りないため玄関ホールというとても広い空間の清掃を頼まれてしまった。
箒で掃きながら埃を集めていく。こんな時、掃除機があればどんなに楽だろうと思わずにはいられない。

ある程度掃き終え、作業を床磨きへと移行する。モップとバケツを持って階段を上がろうと見上げると、階段の正面に飾られた家族絵の前にそれを眺める眼鏡少佐の姿があった。

眼鏡少佐とは一昨日以来、会話もなければ会ってさえもいない。挨拶をするべきなのか躊躇うが、自分の進行方向に眼鏡少佐はいるのだから、挨拶をしなければ失礼なのだろうという思いも同時に上がってくる。
私の素直な感情を言えば、気まずいだけなので眼鏡少佐は空気として扱いたい。いや、本当に。
しかし、そういうわけにもいかず私は渋々眼鏡少佐へと声をかけた。

「おはようございます…」

それ程、距離は離れていないのだが、私の声が聞こえいるのかいないのか眼鏡少佐は応えない。

「あの……何してるんですか?」

次はチラリと視線を一度だけ私の方にむけ何も答えない。完璧な無視である。なんですか、この人。モップで顔面擦ってやろうか?とモップを持つ手に力が籠もるが思い止まり再度声をかける。

「あの…!聞こえてます!?」
「大きな声を出さずとも聞こえています。何か用ですか?」
「…ずっと絵を見ていたから、どうしたのかなぁ、と思いまして」

やっと喋ったと思ったら、なんだこの上から目線の言葉は。ムカつきながらも、眼鏡少佐の問いに対して答えた。

「貴女には関係ありません」

眼鏡少佐は素っ気なく答えると、私の横を通り過ぎ階段を下りて行く。私は咄嗟に眼鏡少佐を呼び止めると、軽く振り向くように眼鏡少佐はこちらを向いた。

「あの!…えっと……先日はすみません…でした。旅をしながら帰る方法を探そうと思います」
「そうしてください。此方としても、貴女がラントを出て行ってくれるのはありがたいですからね」

自分が呼び止めたくせに、伝えようとした言葉の整理が出来ておらず、出だしの言葉に詰まる。それに対して眼鏡少佐は、皮肉混じりの態度と言葉を残し執務室の方へと歩いて行った。

やっぱり、私がここにいることは迷惑なのだろか。眼鏡少佐の場合は身内しか信じませんオーラだとは思うのだが、諸事情を知ってる人が数人しかいない為、知らない人にとってみれば私は身元不明の居候だ。

「ワタシハ、アヤシイモノデハ、アリマセン」

考えている内に虚しくなってきたので、それを紛らわす為に喉に手をトントン当てながら片言で言ってみたが、一人でやっているという状況もあり、余計虚しくなるだけだった。


一時間後、やっとのことでモップがけと乾拭きを終わらせ用具を直しにメイドさんの休憩室に入る。用具を直し終えた時部屋の扉が開き、メイドさんが一人入ってきた。

「あ!ここにいたんだ」
「へ?」

声に振り向くと、メイドさんは近づいてきて一冊の本を差し出した。

「フレデリックさんから、あなたに渡してほしいって預かったの」

差し出しされた本を受け取りお礼を言う。本には可愛らしい青い竜のような絵が描かれていた。昨日フレデリックさんが言っていた本なのだろう。
中身が気になりペラペラとめくるとメイドさんが不思議そうに話しかけてきた。

「それって、子供向けの絵本よね?」
「えっ…うん」

実際のところ知らないのだが、可愛らしい絵と共に文章が書いてあるため肯定すると、メイドさんは体がぶつかる程に近づいてきて、好きなの?バウル、と聞いてきた。
バウルって何だろう。と思いつつも聞かずに黙っていると、その沈黙を肯定ととったのかメイドさんは口を開いた。

「あたしも大好きなの!可愛いよねバウルゥ〜」
「ぇ?」

呆けた声を出すがメイドさんのテンションは一気に上がってしまったようで、私の声は聞こえていない。黄色声を出しながらよくわからない事を話し出した。

「立ち話もなんだし座って!お茶入れるから!」

そう言ったメイドさんの語りに私はこの後1時間程付き合わされるのでした。






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