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稽古



暗闇の中に男の子がいた。

肩まで伸びた綺麗な金髪の男の子。

だけど、その男の子は

酷く悲しそうな顔をしていた。

───誰も僕を、見てはくれない



 稽古



鳥の囀りが聞こえる中、私は目を覚ました。窓から外を見れば、まだ辺りは薄暗い。
起きたらバリーさんに、剣の稽古のお願いをしに行こうと思っていたけれど、こんなに朝早くだと流石に彼も迷惑だろう。
どうしようか迷ったあげく、私は着替えすませて部屋を出た。

庭へ出るが、朝早いせいか人は見当たらない。静かだな…と思いながら私は軽くストレッチを始めた。
剣の稽古を見てもらうのはいいが、体力がなくなっていては元も子もない。折角、早く起きたのだし体力作りの為、走り込もうと思ったのだ。
ストレッチを済ませ始めはゆっくり、徐々にスピードをあげ自分のペースをつかみ走り出す。市街地や住宅街にはやはり人の姿は伺えなかったが、門の前には見張り役の兵士が2人程いた。その人たちに軽く挨拶をしながら通り過ぎる。

ラントに来て一週間程になるが、まだまだ街を見きれていないようで街の景色を見ながら走るのは楽しく思えた。同時に、自分の置かれているよくわからない状況からも逃れられる気がして、気持ちが少し楽になる。
いつまでも目を背けているわけにはいかないことだが、今ぐらい忘れてもいいような気がした。

周回コースというよりも、行きたい方向へ突き進む行き当たりばったりコースでラントを数周走り終えると、街は朝日に照らされて明るくなっていた。住宅街にはちらほらと外に出て水まきをしたり、郵便受けにある新聞を取りに出てくる姿が伺える。
汗もかいていることだし、私もそろそろ終わりしようと思いながら門の前を通りかかるとバリーさんの姿が見えた。見張り役を交代したみたいだ。

「バリーさん、おはようございます」

言いながら近づくとバリーさんは驚きながらも笑顔で挨拶を返してくれた。

「早い時間からトレーニングですか?」
「目が覚めちゃって」

苦笑気味に答えながら、タオルで軽く汗を拭く。
 
「バリーさんも、朝早くから見張りご苦労様です」
「これも、ラントを守るためです」

バリーさんにとってラントは余程思い入れのある街なのだろう。彼の目はとても真剣な眼差しをしていた。

一週間前のフェンデル軍の夜襲から今まで、これといってフェンデル軍の大きな動きはないらしいが、以前のような事がないよう見張りを強化しているらしい。フェンデルに加え、国内の混乱から内乱に発展する可能性もあると、眼鏡少佐が言っているらしくラントの警戒心は以前よりまして強くなっているらしい。
バリーさんは話ながら、でもヒューバート様がいらっしゃいますので我々も心持ち楽になっております、と言っていた。このラントでは眼鏡少佐の人望は厚いらしい。私としては、関わりたくない人No.1なんだがな。内心苦笑しながら、私は本題を切り出した。

「実は、バリーさんにお願いしたい事がありまして……。私に剣の稽古をつけてほしいんです」
「俺にですか!?先日のフェンデル軍との戦いぶりを拝見しましたが、俺が教えれる事なんてないですよっ」

どこかの傭兵でもされていたんですか?とバリーさんは続けた。
彼は私が違う世界の人間だという事は知らないため、そんな言葉が出てきているのだが、“そんなわけないだろう、普通の一般人だよ!”と突っ込みたい衝動にかられる。

「お願いできますか?」

バリーさんの問いに苦笑いを返しながら訪ねると、彼は少し考える素振りをしてから、わかりました と頷いてくれた。

「ただ、他の方もご一緒で構いませんか?」
「はい。そんなの全然構いません!ありがとうございますっ」
「それでは、今日のお昼過ぎに屋敷の庭に来てください」
「わかりました」

他の方が少し気になりはしたが、きっと兵士の方なのだろうと聞くのを思い止まり、私はバリーさんと別れた。

お昼過ぎという事は、シェリアを見送った後すぐくらいで大丈夫だろう。
稽古という懐かしい響きに、自分の世界の事を思い出してしまう。
……帰りたい
胸が締めつけられるような感覚と共に泣きそうになるが、ぐっと抑える。泣いたってどうにもならないのだから、今はシェリアが帰ってくるまで足手まといにならないように自分を鍛えるだけだ。
頑張れ私!押しつぶされるな私!

私の、おーっ!という気合い入れの声が、朝日に照らされるラントに響いた。


お昼、東門前へ救護使節の一員であるシェリアを見送りに行くと、他にも見送りに来ている人がちらほらと見えた。眼鏡少佐は総督なのだから当たり前として、フレデリックさんにバリーさん、ケリー様まで来ていた。
ケリー様はシェリアにお弁当を渡していたが、中身はなんと焼き鳥丼らしい。焼き鳥を丼ものにしてしまうなんて凄いアイデアだ。因みに、シェリアの好物らしい。細い体なのにボリューム満点の物が好物なんて意外だ。
そんな焼き鳥丼が大好きな彼女に、バリーさんが剣の稽古を見てくれることになったと伝えると、よかったじゃない!と笑ってくれ、お互い頑張ろうと言葉を交わし、みんなで見送った。
これから私も剣の稽古がある。久しぶりの稽古に少し胸が高鳴っていた。


用意を終えて屋敷の庭に出ると、フレデリックさんがバリーさんと話をしながら花壇の前に座りに花の手入れをしていた。

「すみません。遅れました」

そう言って二人に声をかけると、振り向いて挨拶を返してくれる。

「こんにちは、リクさん」
「私が少し早く来たので、大丈夫ですよ」

フレデリックさんは立ち上がると横に置いていた杖を持った。
杖をついて歩いている姿など見たことがなかったため、驚いたがフレデリックさんはそんな私を気にすることもなく口を開いく。

「では、行きましょうか」
「へ?」

フレデリックさんの言葉の意図がわからず間の抜けた声を出してしまうと、バリーさんが説明してくれた。

「今朝お話した時、他の方も、と言ったの覚えてますか?その他の方がフレデリックさんなんですよ」
「なんと…!フレデリックさんだったんですねぇ。私はてっきり他の兵士さんかと」

驚いてすみませんとフレデリックさんに謝ると、彼は構いませんよ。驚くのも無理ありませんので。と笑いながら言った。

一目につかない広い場所までくると、フレデリックさんはバリーさんに向き直る。

「ではバリーさん、本日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

バリーさんにむかってお辞儀をしたフレデリックさんに習い、私も頭をさげて挨拶をし稽古が始まった。

素振りをして慣らした後、フレデリックさんバリーさんと一回ずつ組み手をし、バリーさんからそれぞれ指導を受ける。
フレデリックさんは年のせいもあるのだろうが、反応の遅さを指摘され、私は左の踏み込みが甘いらしく、隙の多さを指摘された。

その後、もう一度だけフレデリックさんと組み手をする。
おじいさんであるフレデリックさんとやるのは、正直なところやりづらい。やりづらいのだが、おじいさんの見た目からは想像が出来ない程、身のこなしは軽やかだったりする。それが余計にやりづらいさを引き立ててもいるのだが。

フレデリックさんの杖の横薙を受け止めて弾き返す。間合いを取ろうと後ろへ跳ぶが、フレデリックさんはすぐに態勢を立て直し突きを繰り出してきた。
避けきれずに硬直してしまうと、顔寸でのところでフレデリックさんの杖が止まり、バリーさんの そこまで という声で杖が下ろされる。態勢を整えお互い軽く礼をした。

「今日はここまでにしましょう」

バリーさんがそういうと、フレデリックさんは時計を見た。

「もうこんな時間でしたか、私は仕事がありますのでお先に失礼いたします」

頭を下げると、フレデリックさんは屋敷の方へと歩いて行った。
屋敷へと戻るその足取りは、疲れなど微塵も感じさせず、実はフレデリックさんは本当はとてつもなく凄い人なのではないか?と思わせる。
フレデリックさんの背中を見送っていたが、ハッと気づき私もバリーさんにお礼を言い、次の稽古の時間を聞くとフレデリックさんの後を追った。

「フレデリックさん!」
「おや、リクさん。どうかしましたか?そんなにお急ぎで」

私が走ってきたものだから、フレデリックさんは小首を傾げている。急いでるわけではなく追ってきたのだが、まぁいいかと思い私は話を切り出した。

「あの、お時間のある時で構いませんので、字を教えていただけますか?」
「字、ですか?」
「はい」

フレデリックさんは一拍置くが、特に考える素振りも見せず 構いません と笑顔で返してくれた。

「夜でしたら時間が空きますので、空き次第お声をかけさせていただぎす」
「よろしくお願いします」

お礼をいうとフレデリックさんは では と言い残し屋敷へと戻って行った。行き先は同じなのだが一緒に帰るということは頭にないらしい。老人というものはそういうものなのか、と一人で納得しつつ私も屋敷へと戻った。





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