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作家先生と書生

BL


筆が乗らないとはこのことだ。せっかくの依頼を無下にする気は無いが、どうにも閃きが降りてこない。閃きが無ければ、書き進めるのも困難だ。
唐突に頭を抱えてみる。答えも打開策も浮かばない。つまるところ無駄な行為である。

「先生、どうですか?」
「残念ながらだ。捗らんよ」
「いつもの自信はどうしたんです?」

障子の向こうから投げ掛けられた声に、そっと筆を手から逃した。答えを分かっているだろう質問に答えてやると、くすりと、微かに笑う音が聞こえてきた。
中へ、入ってくれば良かろうものを。外は冷える。私は火鉢のお陰で幾分暖かいが、廊下にいる彼は違うだろう。

「入りなさい」
「…失礼します」

ふむ。職権濫用とはこの事か。私自身として頼み事をしても、頑として言うことを聞いてくれないのだからこれくらいは勘弁して欲しい。静かに障子を開き、部屋へと入ってきた彼に隣を指し示すと、溜め息をつきながらもこちらへ近付いてくる。随分素直になったものだ。

「先生、口元がゆるんでいます」
「おっと。だらしないところを見せてしまったな」
「今更何を…」

優しくはない言葉だのに笑顔が浮かぶ。余程切羽詰まっていたらしい。肩の力を程々に抜いて、積もる雪のように白かった原稿用紙に向き直る。今ならば、なにか良いものを書けそうだ。

「……書くものがないのなら、僕との事をお書きになれば良いものを」

ぼそりと聞こえた声に、まず耳を疑った。まばたきをひとつふたつして、それから隣の彼を見る。何かを聞き間違えたのではと。なによりそれを嫌がったのは彼だというのに。

「なんですか、その顔」
「いやね、まさか君がそんな事を言ってくれるとは…」
「最初に書かせろと仰ったのは先生でしょう」

自分が今、年相応に顔を歪ませているのに、彼は気付いているのだろうか。普段からなかなか表情を崩さない彼の、めったに見られない幼いその顔が、とても、愛しい。

「確かに言い出したのは私だけどね。今はもう、君を題材に書こうとは思わないよ」

無防備な肩を抱き寄せる。抵抗も無しに抱き締めさせてくれて、少しばかり拍子抜けするけれど。

「君の可愛らしさを知っているのは、私一人で充分だからね」
「うるさいです…」

発展途上の小さな体が、腕の中で僅かにもがく。こんな彼を、独り占めしたいと思うのは当然の事だろう。
彼が離れたがっているのも、そのくせ心臓の鼓動が普段より速くなっているのも、私自身もそうなっているのも分かっているけれど。もう少し、あとほんの少しだけ、こうして近くで彼を感じてい。彼も、同じ事を考えてくれているといい。











ちょっと満足…感が足りない
こういうのをシリーズ化してみたいな、と思います

2011/1/5




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