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おれとねーちゃん


どこかのネジが壊れた心境。自分に何かが足りない感じ。生きとし生けるもの、みんなみんな持っているナニかがおれの中には欠片もない。外れたものはそのまま戻らないか、誰かに悪影響を与えているか。元からマトモだった気は更々ないけど、今日は特にそんな気分だった。

「まあなァ…たまにゃおれも、フツウになってみてえんかもなァ。そう思うだろ?」
「…ぁ………ぐ」
「お?もう喋る気力もねェか」

ブーツの底で頭を踏みつけてもそいつの反応は薄い。ものの十分前までは強気に睨み付けてきたくせに。そういう目をもっと見てえってのに、ニンゲンはどうしてこんな弱いんだろうなあ。
まあおれも、そんなニンゲンの一部なんですが。

「よォねーちゃん。あんた失敗したんだってな。逃亡中?コイビトのとこに転がる途中?」
「アンタに…関係、無い、……わよ…!」
「フーン。なるほどそうか」

けひ、と、笑いがこぼれた。
命をこの手で断つ悦び。それから母さんの言う商売敵を一人減らせた喜び。もうひとつは、あいつがキスする相手が、いなくなった幸せ。それなりに美人だから喜んだろうな。それでもここで死なしちまうんだけど。

「遺言、聞いとこーか」
「……は」
「どこの誰だか知らねえニーサンに、この瞬間にも事切れそうなねーちゃんの死を伝えてやろうか?っつってんの」
「……ばかなこと」
「別にどっちでもいいけど。早く言わねーとサクッとやっちゃうよ?」

今日持ってきたのは、普通の扇子と同じ大きさのものだ。刃さえださなけりゃ扇げるやつ。そいつをくるくる廻して柔らかい首に添えた。ちょっと力が入ったら、鋭いこいつはねーちゃんに死を招くだろう。
本当に、ただの気紛れだ。たまたま母さんが、このねーちゃんの逃げ込むだろう先の男までも調べあげていたから。普段の癖で、そこもじっくり読んでいたから。だからこそこの言葉を言える。

「ねーちゃんの愛しのニーサンはな。浮気してるぜ、どっかの女優様とかとさ」

どこかの誰かのニーサンは、まあいわゆるお偉いさんで。更に言うなら、枕営業をされる側な訳で。ねーちゃんがそれを知っていたか。それはわからないけど、相応の絶望を与えるのは成功したようだ。切り傷だらけの綺麗な顔が、ちょっとずつ泣きそうに歪んでいく。涙をこぼさないのは意地か、流すまでの悲しみでないのか。さて、どっちだ?

「嘘よ…そんな、絶対にやってないって言って…」
「保証はどこにある?誓約書はあるのかよ?人間ってのは嘘をつくイキモノなんだぜ。……なあねーちゃん」
「……何、よ」

ただでさえ血の赤みを感じられなくなった肌は、生気すらなくして蒼白い。
これがどんな風に変わるのか、見てみたい。見つけた時は長かった髪を、今はざっくばらんに散髪された髪を鷲掴む。ああ、もったいない事しちゃったかな。

「おれのもんになる?」

頭のネジが外れた感覚。足りないものを補うイメージ。女なんかに興味はないけど、飼ってみるのも面白いかもしれないじゃないか。おれは捨てる神でも拾う神でもない。むしろどちらかと言うなら奪う神だ。人間だ。
気まぐれを起こすのも、つまり人間だからだ。嘘をつくのも、希望で覆い隠した絶望をちらつかせるのも。

「さあ。どうするよ、ねーちゃん。おれと生きるか今死ぬか。好きに選べ」

差し伸ばした絆創膏だらけのおれの手を、やたらと冷たい手が掴んだ。おれはまた笑った。今度は声をあげて。怖がって逃げていくねーちゃんの手を引っ張って、無理矢理に立ち上がらせる。

「ッ、いた……!」
「忘れんなよ。選んだのはねーちゃんだ」
「…選ばさせたのはそっちでしょう」
「ちげえねえ」

さあ、やる事が山積みだ。とりあえずはねーちゃんを連れて帰ろうか。今日の土産とでも称してやろう。










ちょっと名前つけたくなってきちゃった
見分けはつくけど呼ぶのに困る

2011/3/15



あきゅろす。
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