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本日も晴天なり
お説教タイム
世間話をしながら寮へとたどり着き、いつも通りこっそりと7階の亮哉の部屋に入り、一息ついたとき。

いや、ある意味では“いつも通り”ではなかった。

普段ならば明るく温かい雰囲気をまとっている志鶴が、今日はどこか寒気を感じるようなオーラを発していたためだ。

……少々久しぶりになるが、志鶴がこのように表情では微笑を浮かべたまま、思わず逃げ出したくなるような威圧感を放つ状況は、過去にも経験がある。


「さてちぃちゃん。ちょっと正座しようか?」
「ごごごごめんなさいぃぃいっ」


可能な限りの素早い動作でソファーテーブル前にしゅたっと正座した千歳と、その正面に何か黒いものを背負ったままにっこり笑顔で陣取った志鶴。

侑真は始まる長い長いお説教タイムを思い、あーあ、と漏らした。






「――これからは、知らない場所に行くときには必ず誰かと一緒に行くこと。それから、どうしても迷っちゃったら携帯で誰かしらに連絡する。分かった?」
「はぁい…」


すっかりしびれてしまった足がぞわぞわし出したころ、こんこんと一定の調子で続いていた志鶴のお説教はようやく終わりを迎えた。

この学園で迷子になることがどれほど危険か、そして校舎がいかに複雑なのかを語りつくした志鶴は侑真がタイミングよく持ってきてくれたカフェオレをすすり、千歳は正座を崩し血が通い始めたことでさらに増したぞわぞわ感と格闘している。

毛足の長いラグマットの上をうーうー唸りながら転がっている様は、はたから見たら実に異様な光景だろうが、じっとしていられないのだ。


「し、しびしびするぅ…」
「揉んでやろうか? 早く治るぜー。治るまでの不快感半端ねぇけど」
「…やだぁ。がまんするもん…」
「へーへー。ほれ、ココア置いとくから復活したら飲めよ」
「あい…。ありがとぉー」
「おうよ」


ローテーブルを挟んで向かい側、ソファーに座り自身もマグカップを傾ける侑真に、千歳は寝転がったままへにゃりと笑った。

侑真の隣に座る志鶴も、眉を少し下げて苦笑している。

ようやく普通の姿勢を取れるぐらいには回復し、ラグマットの上に足を延ばして座って、侑真が淹れてくれたココアをありがたくいただくことにした。

ちなみに、千歳はふかふかのソファーもお気に入りだけれども、このもふもふのラグマットもかなりのお気に入りなので、ソファーを背もたれに座るこのスタイルも割とよくやる体勢である。

そのまま普通にソファーに腰掛ける亮哉の足にじゃれ付いたりもする。


……ちなみに、足元に座り込んでじゃれるのは亮哉以外の人にやるのは禁止だと、志鶴からきつく言い含められていた。

もともと亮哉以外にはする気もないけども、どうしてあんなに必死に説得されたのかはよくわかっていない千歳である。


「しかし、一之瀬が通りがかってくれて良かったな。生徒会室に行く途中とかその辺だったのか?」
「そーだったみたいー。体育委員会のひとのとこによってから、せーとかいしつに行くんだったんだって。ホントにぐっどたいみんぐでした…」
「一之瀬くん、ちぃちゃんを送ってくれたあと僕たちにメールくれたんだよ。『通路の真ん中でしょんぼりしてたから声かけたら迷子だった』って」


その言葉を聞いて一つ謎が解けた。

千歳が迷子になったことを、何も話さないうちから2人が把握していたのは、まだ校舎に不慣れな千歳が1人でふらふらしていた状況を心配した、一之瀬からの連絡によるものだったらしい。


「この学園、方向音痴じゃなくっても迷うから。僕たち中等部のころに先輩たちにさんざん脅されたからね、『用がない限り別の校舎には行くな、帰ってこれなくなる』って。高等部の校舎で迷わないのは中等部と作りが一緒だからだし」
「ま、だからたいていの奴はどの部屋を言われても案内できっからさ、迷惑かも、とか遠慮いらねーから」
「うん、わかったー」
「この学園、馬鹿な人は本当に馬鹿だから! 1人できょろきょろしながら歩いてる子を見るとつい変なことしたくなっちゃう残念な人がいるから! ほんっとに気を付けてねっ」
「は、はいっ」


千歳の危機意識が、ほんのちょこっと高まったような、そうでもないような一件だった。


そして、中間試験ももう間近である。




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