出会い系
──5
ゾロは去っていくスカジャンの背を睨むように見ていたが、
「…寒いから、早く上がれよ」
サンジに言われ、無言で靴を脱いだ。

テーブルに座ると、食べ終わった大皿があった。
それはすぐに下げられ、代わりにコーヒーをいれたマグカップが二つ置かれた。
青の波模様と緑の水玉。サンジがつい買い揃えたものだ。

カップを傾け、吐息した後ゾロが口を開いた。
「…電源つけたらお前からの着信メールがきて、来た」
「かけ直さずに来る所がお前らしいよ」
「あの男、なんだ」
──聞くと思った。
サンジはひどく疲れを感じ、投げやりな気持ちになって仕事用の携帯をテーブルの上に置いた。
タッチパネルを操作し、メール画面を出して見るように促す。
「…なんだこれ」
「バイト。出会い系の」
「出会い系…だと?」

頷き、淡々とすべてを話した。
ナミさんから、オカマ専門の出会い系でバイトするように頼まれた事。
そこでギンという男と知り合った事。
ギンは暴力団の幹部で、敵情視察をしていた事。
サンジが昔の女に似ていて、ストーカーしていたらチンピラに囲まれた所を助けてくれた事。
──強姦未遂は、ただの喧嘩にした。

ゾロの眉間のシワがどんどん深くなり、「あ、怒ってる怒ってる」とサンジは他人事のように思った。
再び沈黙が6畳の部屋を支配する。

「…お人好しの馬鹿アヒルめ…」
ゾロは額を押さえ、そのまま目を覆ってしまった。
「たった三週間の間に、何してんだよ…」
反論できない。
この三週間はフォアグラの為、餌を詰め込まれるアヒル状態だった。

「面目ねェ…」
珍しくしおらしく謝ると、ゾロは片目だけを覗かせ、ギロリと睨んだ。
「ナミという女との事は誤解と解った。あの男の事も今はとやかく言わねェ。だがこのバイトは今すぐ辞めろ」
「そのつもりだよ」
サンジも少し温くなったコーヒーを啜り、溜息をついた。

「もうオカマのフリすんのも、野郎と愉しくもねェメールするのはまっぴらだ」
「…お前は俺が居ねェと駄目だな。ふらふらして危ねェ」
どの口が。いつもふらふら迷子になるし、生活能力皆無だし、携帯の操作も中高年並みだし…

「俺も、お前が居ねェと駄目だ」
「…え」
心を読まれたかと思った。
顔を上げると、ゾロはまっすぐサンジを見ていた。
「おめェの作った飯じゃないと、何食っても味気ない。オナっても虚しい。視界が暗ェ」
「ゾロ…」
無骨な手が伸び、金色の髪を撫でた。

「ウソップに言われた。不安だから嫉妬や束縛するんだって。──そうかもしれねェ。俺は女好きのお前が、いつ正気に戻るか怖かったんだ」
「正気って──」
サンジは手を掴み引っ張って、鼻先をつき合わした。
「この関係が血迷ったから、とでも思ってるのかよ!」
「俺は思って無いが、お前はどうなんだ」

そうだ。
男同士の恋愛なんて、周りに言えない。
言えないような関係なのだ。
サンジの不安をゾロは解っていた。
不安が移り、不満に代わり、信じる事が出来なくなってしまった。

ゾロはいつも自信満々で前しか向いてなくて、人の気持ちなんてかえりみないと思っていたのに…

「お前は、もっと自信を持て」
琥珀の瞳に、情けない顔が映る。
「自分を大切にしろ。もっと俺に甘えろ。解ったか」
「偉そうに、なんだよ」
額をごつりと合わせる。
「じゃあ…キスしろ」

つい言ってしまった途端、首根っこを掴まれラグマットに倒された。
文句を言う前に唇を塞がれ、互いの酸素を奪い合うように必死に口付けをした。
切った口内の痛みなんて感じないくらい満たされて、涙が出そうになる。

「ちょ、まて、たんま!」
身体をまさぐり出した手を止める。
「何だよ、久しぶりなんだ。触らせろ」
「…今日は、寝かせてくれ」
動物なら耳も尻尾もショボンと垂れていそうな姿に、流石のゾロも躊躇する。
「…仕方ねェな」
「うわっ」

いつぞやのように抱え上げ、ベッドに寝かせた。
すかさず自分も横に滑り込み、毛布を被る。
「寝かせてやる」
「…お前はいつも上からだよな」
「お前の上に居たいからな。すべてにおいて」
「なんだそれ」

久しぶりに見る恋人の笑顔に、ゾロはぎゅっと抱きしめる。
「…ちゃんと食って無かったな。余計痩せやがって」
「だって、一人で食う飯はまずい」
「…まぁな」
サンジは子供のように、ゾロの鎖骨に額をこすりつける。
「オレ、早くコックになりてェ。オレの作る飯で、人を笑顔にしてェ」
「今でも充分だと思うがな」
「まだだ。ジジイの味には遠く及ばない」
「そうか。…俺も早く一人前になりてェ。ただ何となく入った建設科だったが、お前と出会って目的が出来た」
「え…」

蒼い目がゾロを映す。
「言って無かったか」
「おう」
「将来、お前のレストランを造りたい。設計から施行まで、全部俺が手がけるつもりだ」
「ゾロ…」

サンジは耳まで真っ赤になった顔を隠すように、逞しい胸にうずまった。
「クソ、嬉しい」
三週間ぶりのゾロの匂い。熱いくらいの体温に包まれて、安堵と眠気が訪れる。
「おやすみ、ゾロ…」
「おやすみ」
誰か居なければ、しない挨拶の言葉。

深い寝息を立てる恋人の横顔から、嬉し涙を唇で吸う。
「好きだ、サンジ」
起きている時にはなかなか言えない告白を囁き、金色の頭に鼻先を埋めて眠った──

***

翌日、ナミとトートルで待ち合わせをして、ギンに言われた事を告げた。

「そう、薄々気づいていたけど、仕方ないわね。サイトも職場も畳んでトンズラするわ」
拍子抜けする程あっさりした態度に、ナミは悪戯っぽく笑う。
「私、株もやってるから。世の中、儲ける方法はいくらでもあるのよ」
「…魔女め」
背後からの低い声にサンジは慌てる。
「てめ!レディになんて口を…」
「そう、さっきから背後で睨んでいる鬼瓦みたいな人は誰?」
「俺はこいつの…」
「わー!黙れ言うなバカゾロ!」
「ふーん」

ナミは足を組み替え、意味深な笑みを浮かべる。
「彼氏、ごめんなさいね。サンジ君借りちゃって」
「かかかか彼氏って…!」
「二度と近づくなよ」
「あら酷い。とりあえずサンジ君、お疲れ様。これお給料」
明細と封筒を渡され、金額を見てサンジは目を丸くする。
「ナミさんこんな、いいの?」
「あなたがそれだけ稼いだのよ。なんか知らないけど、そのギンって人が退会前にあなたに沢山振り込んでたし」
「ギン…あいつ…」
背後でギリッ!とすごい歯軋りの音がしたが、あえて見ない。

「じゃあ、何かお金に困る事があったら遠慮なく連絡してね。利子は安くしとくわよ」
指で輪を作りウインクする顔が可愛らしくって、
「は〜い♪ナミすわんまたね〜ン」
メロリンする恋人の頭をゾロは叩いた。
「いてェ!」
「行くぞ」
「どこへ」
嫌な予感がする。
それに相応しい悪そうな笑みで、ゾロは宣告した。

「金入ったんだろ?ラブホでたっぷり昨日の続きだ」
「おまっ!オレの三週間の汗と涙と恥の結集を…!」
「だからだよ。汗と涙と恥で帳消しにしてやる」
「冗談じゃねェ!」
いきり立つサンジの腕を引き寄せ、低い声で囁く。

「間男を家に入れて、料理まで振舞った罪は、償ってもらうぞ」
「───」

一時間後、ラブホの一室で断末魔のような叫びが響いたという。



おわり
2012.11.24




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あきゅろす。
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