出会い系
──4
「どけよ。邪魔だ」
また癇に障る口笛が上がる。
「綺麗な顔して口悪ィなぁ」
「ここがどこか解ってきたんだろ?」
「遊ぼうぜ。気持ちよくしてやるからよ」
「なに言って…」

油断したつもりは無かったが、反応が遅れた。
首に腕が周り、鳩尾を打たれた。
「ぐはっ…!」
「…手荒でごめんねェ。男ヤるにはこうしないと」
「よし、行くぞ」
首を持った男とパンチした男がサンジを抱え、トイレ脇の茂みへと引きずり込んだ。

「アニキ、こいつノンケかな?」
「ちげェよ。ネコは腰つきが悩ましいから解る」
「ヒュ〜。こんな上玉久しぶりだぜェ」

男たちは餓鬼のようにサンジに群がり、服を脱がす。
──クソ…。どうかしねェと…
込み上げてくる吐き気を堪え、脱がされたズボンが手の脇にある事に気付いた。
手に持っているのは仕事用だから使えない。
身体を弄ばれながら、震える手で自分のスマホに触れ、記憶を頼りに操作する。

電話帳の一番上──ゾロの携帯へ…

『この電話番号は、圏外にあるか、電源が入っておりません』

微かに聞こえる機械の声に絶望が走る。
──あのクソ野郎ほんと役立たず!!

「おい、なんか声が…おっと」
「こいつ、携帯2個持ってるし!危ねェ」
すぐにどちらも取られて、植木に放られた。

「また痛い目遭いたくなかったら、大人しくしとけよ」
「綺麗なチンポだなぁ…舐めてェ…」
「ほら股開けって」
必死で抵抗するが、うつぶせにされ、尻を持ち上げられた。
「ヒュ〜♪すげェ白ェ」
「はやくしろはやく!」
「待ってろ」
割れ目にローションをかけ、男たちは欲情しきった目で狙いを定める。
「やめ…ろ…!」

絶望で叫ぶ力も失った時、重い物を打つ音がした。
「てめェ!邪魔す」
んな、が変な声になって飛んでいく。
顔を捻じ曲げ、背後を見る。

アニキと呼ばれた男が揉み合っていたが、棒のようなもので殴られ地面に沈められた。
「大丈夫か!」
薄暗くてよく見えない。
「…ゾロ?」
来てくれたのか…?もしそうなら、パブロフの犬から番犬にクラスチェンジだ…

「ここは不味い。離れよう」
服を着せられ、抱えられている間にサンジの記憶は少しの間途切れた。


気が付いたのは、タクシーの中だった。
「あ…オレ…」
「あんたんちに向かっている。安心してくれ」
「オレんち…?って…」
頭を振って、目を凝らす。横に座っているのは彼より年上の、スカジャンを着た男だった。
目つきは鋭いが穏やかな光りを湛え、目の下には酷い隈…
「いつもサングラスだから、わかんねェかな」
この声。
「まさか…ギン、か?」
男は頷く。

「ちょ、なんで…ま、まさかオレをストーカーしてたのか!?」
あのメールといい現われたタイミングといい、そうとしか思えない。
しかもバイト先や自宅まで知ってるなんて──!

一難さってまた一難の状況に、ドアにベッタリ背を付ける。
「ストーカーといわれると否定はできねェが…事情があるんだ」
「じじじ事情ってなんだよ!」
「取りあえず落ち着いてくれ。ほら」
ミネラルウォーターのペットボトルを渡された。
「……」
警戒しながらも受け取り、サンジは水を飲んだ。
口の中を切ったのか、鉄の味が染みる。
「クソ…わけわかんね…」
そのままうな垂れるサンジを、ギンはずっと案ずるように見ていた。


10分もせずにタクシーはアパート前に止まり、二人は無言のまま降りた。
「…説明、してもらおうか」
「その前に」
ギンはポケットから携帯を二つ取り出した。
「あんたのだよな?」
どうやら拾ってきてくれたらしい。
気まずく受け取る。
考えてみたらこの一つで、この男を騙してきたのだ。

サンジの考えを察したのか、ギンは微笑する。
「気にしなくていい。おれも仕事だったしな」
「え…?」
「説明はまたメールするよ。今夜は休んだ方がいい。じゃあ──」
「あ、待てよ!」
素早く背を向けた男の腕を掴む。
「こんな訳わかんねェ状態で寝れるわけねェだろ!──上がれよ」
「え…」
ギンは驚いて目を見開く。
「何言ってるんだ。無防備過ぎるぞあんた。さっきどういう目に遭ったのか…」
「分ってる!だけど、お前はなんか信用出来る気がする」
「……」
しばらく見詰め合い、ギンの方が目を反らして言った。
「…じゃあ、お邪魔する」


部屋に入るなり、サンジはすぐ下着を変えて、手洗いうがいをして渇を入れた。
ギンはテーブルに座らせ、「ちょっと待ってろ」といいキッチンに立つ。
流れるような動きであっという間に一品作った。
「どうぞ」
置かれた料理に、ギンは目を丸くする。
大皿に湯気を立てているのは、男が好きだと言っていたチャーハンだった。

「…一応、助けてくれたお礼」
ぶっきら棒に呟くサンジをまじまじと見ていたが、
「…いただきます」
まるで3日は断食していたような猛烈な勢いで掻き込んだ。
皿はあっという間に空になり、ギンはサンジに向かって満面の笑みを見せた。

「すげェ美味かった。ご馳走様」
「…うん」
久しぶりに、手料理を食べてもらった気がする。
ジジイの味にはまだ遠くても、笑顔が出る料理を作れた事を嬉しく思う。

お冷を飲んだ後、ギンは居住まいを正してサンジを見詰めた。
「最初に言っておくが、おれがあんたを想う気持ちに嘘偽りは無い」
「え…。お、おい、この通りオレは男だぞ。あの出会い系でオレはサクラで、あんたは騙されて…」
「分っている」

混乱するサンジに、ギンは静かに説明を始めた。
「おれの正体は、クリーク組…つまり暴力団の幹部だ」
「暴力団…」
そう言われてみれば、男からは堅気の匂いがしない。
記憶を頼れば、クソ強姦野郎どもを殴っていたのは特殊警棒だったと思う。
一般人はあまり持たない代物だ。

「暴力団の資金源は…ヤク、といいたいが危ない橋だ。大半は水商売の地回りや如何わしいサイトでもっている」
「まさか…出会い系も?」
「そうだ。もう分るよな?」

出会い系サイトも顧客の奪い合いが常で、その中で飛びぬけて人気の出てきたサイト──それがナミの会社だった。
島を荒らされる状態なわけで、しかもそれが大学生の小娘。
脅しをかけるのは簡単だが、まず相手の商売の手口を盗んでから潰す事になったそうだ。

「…なるほど、汚ねェな」
「所詮、ヤクザだからな」
自嘲する笑みに、サンジは疑問がわく。
「あんた幹部なんだろ?腕も意志も強そうだ。なのになんでミイラ取りになったんだ?オレみてェなキモカマに騙されて…」
最初に前置きされた通り、彼の好意は本物だと思う。

ギンはサンジの顔を見れずに答えた。
「昔、うちの店で働いてた女に似てたんだ」
「…そのレディはどうしたんだ?」
「おれが国に逃がした。小指一本と、一生隷属で片が付いたよ」
とっさに手をみてしまいそうになったが止めた。
料理人を目指す彼にとって指は宝だ。痛々しい気持ちになる。

「彼女の唯一の得意料理がチャーハンだった。あんたの方が数倍美味かったけどな」
「ギン…」

男は自嘲したまま瞼を伏せる。
「安いドラマみてェな、陳腐な理由だよな。だが厚化粧の奥にある蒼い目や、会話から出る優しさに、おれはあんたに惹かれていった。
気が付けばマンションから付けて、こことレストランのバイト先を知った。完璧ストーカーだな」
「…今夜は、レストランで待ち構えてたのか?」
「何度も入ろうとしたんだ。あわよくば、あんたの料理が食えるかと思って。だがおれはこの通り、薄汚ねェチンピラだ…」
「違う!お前は違うだろ、ギン!」
サンジはテーブル越しに男の両腕を掴む。

「愛した女を助けて、オレも助けてくれた。会話してても分ったよ。お前は優しい、いい男だって」
「…サンジ、さん」
ギンは堪えるように俯いていたが、意を決したように立ち上がった。

「一週間後に、集めた情報をまとめてドンに渡す。それからあの会社にうちのモンが手を出すだろう。その前に辞めさせておけ」
厳しい暴力団幹部の顔に、
「…分った」
サンジは頷くしか無かった。

玄関で男は背を向けたまま言った。
「いつか、身奇麗になったら…あんたの店に食いに来てもいいかな?」
サンジは微笑み、固い背をポンと叩いた。
「ああ。いつでも来やがれ。今日より更にうめェ飯食わしてやるから」
「…ありがとう。あんたに会えて、良かった」

玄関の扉を開くと、その前に立っている男がいた。
「…ゾロ」
サンジが名を呼ぶ。
「ゾロ、そうか」
あの時に彼が口にした名前──睨んでいる顔はなかなか精悍で男前だ。
お似合いかもしれねェ。

ギンは瞳を一旦閉じて開け、すれ違いざま広い肩を叩いた。
「大事にしろよ」



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