出会い系
──2
今日の講義は4時限で終わり。
実習の無い日はひたすら退屈で、下肢から来る疲労からサンジは大あくびをした。
すると尻ポケットでスマホが震える。
「うおっ」
思わず感じそうになったじゃねェか。あのクソマリモのせいで!
内心毒づきながら画面を見ると、
「ななななな…」
ナミさん──!!

麗しの女神からのメールだった。

『サンジ君、昨日は愉しかったわ。少し話をしたいんだけど、授業終わったら駅前のトートルに来れない?』

返信は勿論、
『いよろこんで〜〜(ハート乱舞のデコメ)』
である。

幸い緑の門番には見つからず、学校を出る事が出来た。
ダッシュでトートルに入ると、窓辺の席で美女が手を振っていた。
──奇跡!彼女の周りだけ光りが集まり、それはまるで聖女の光臨…!

脳内でポエムを紡ぎながら、サンジもコーヒーを持って席についた。

「お願いがあるの」
「何なりとどうぞ〜♪」
「そのノリ止めて。ビジネスなんだから」
「…ハイ」
ナミはバックからiPadを取り出し、流れるような仕草であるサイトを表示した。
それを見て、サンジは流石に眉根をひそめる。

「…出会い系…?」
「そう。これ私がやってるの」
「へー。…ってええ!?」
こんな如何わしいサイトを!?
「あら、幻滅?」
「そんな事は無いけど…。すごいね…」
とりあえずコーヒーをすする。

サンジとは反比例に、ナミは表情を輝かせ身を寄せた。
「単刀直入に言うけど、サンジ君にサクラやって欲しいのよ」
思わずコーヒー吹きかけた。
「んな!?お、オレは男だよ!?」
「そうよ。だから頼んでるんじゃない」
ナミは平然とした顔で、「よく見て」とiPadの画面を指差した。

『綺麗なオネエは好きですか?』

オネエ…?

「…まさか…」

「そのまさか。うちはオカマを扱う出会い系サイトよ」
「────」

絶句するサンジに、ナミは熱く勧誘する。
「サンジ君なら化粧したら絶対イケると思うの。もちろんバレないように厚化粧するわ。眉毛も隠して」
「い、いやでも…」
「お願い!主力だったキャロラインがモロッコに一ヶ月も行っちゃうの。その間だけでいいから!適当にメール返したり電話するだけでいいの!」
「だ、だけど…」
ナミはサンジの手を両手で包み、うるうる視線で見詰めた。

「お礼はするわ。お・ね・が・い」
「──ハイ、よろこんでー!!!」

***

案の定、深夜になっても恋人は帰ってこない。
ゾロはイライラと部屋を右往左往していたが、ふと目に付いたベランダのサボテン(ゾロ太)を見て、
いざとなったらこいつを人質に…と考えていたら、聞き慣れた足音が近づいてきてドアが開いた。
「…ただいま」
「…おう」
帰ってきた。安い蛍光灯の明かりでも金色に淡く光る髪はトゲトゲした心に安らぎを与える。
「風呂沸いてるぞ」
「…いい、もう寝る」
やはり怒っているのか?いやそれより酷く疲れているような…

「待てよ、昨夜は悪かったな」
背後から腕を取ったとき、嗅ぎなれない匂いがした。
「いてっ!」
思わず腕を引いて正面を向かせ、髪を嗅ぐ。
「おい!何だよ!」
「…違うシャンプーの匂いと、香水くせェ」
「…こ、これは──」

ゾロは憤怒の表情でサンジを睨んだ。
「てめェ、どこの女と寝てきた」
「ち、違ェよ!勘違いすんな!」
「じゃあどこで、何して、こんな事になったんだ」
「それは──」
その時、サンジのスマホからメール音がした。
「わっ!こらっ!」
ゾロは素早く尻ポケットから取り出し画面を押す。

From:ナミ
『サンジ君、お疲れ様。これからもよろしくね』

「返せよ!」
サンジはスマホをひったくった。
「お前変な誤解すんなよ。ナミさんって娘にバイト頼まれて、今までそれしてきただけだ」
「風呂に入って香水の匂いさせるバイトって何だよ」
「そ、それは──」
いえるモンか。

いきなりたくさんのオカマどもに風呂に押し込まれ体毛を剃られ、女装姿を撮影されたなんて──!

「もういい」
低い声で我に帰る。
「お前は無類の女好きだ。我慢できねェ日が来るかもしれないとは思っていた」
「お、おい…待てよ」
ゾロは自分のリュックに少ない私物を詰め、玄関のドアノブを捻った。

「お前だけを好きなのは、俺だけだったみてェだな」
ドアの大げさに閉まる音。

「……」
残されたサンジは思わずへたり込む。
──こんな…ドラマで何千回と見たようなベタ展開に…野郎同士で…笑えねェ…

空笑いは六畳二間の部屋に落ちていく。
へたり込んだ床から伝わる冷たさで、まつ毛の先まで凍っていくような気がした。

***

一週間経っても、ゾロは帰ってこなかった。
考えてみたら奴は学校側に実家があるのだ。
何一つ心配することはない。

「心配…なんかするかぁ!!」
「うおっ!ビックリさせんなよ」
友人に声をかけようとしたウソップは持っていた教科書を落とした。
「…長鼻かよ。何だよ」
「ああ、サンジ。お前最近大丈夫か?」
「なにが」
「目の隈すげェぞ」
慌てたように目の下を触る友人に、ウソップは右肩をすくめる。

「ゾロとケンカしてんだろ。仲介してやろうか」
二人のケンカは今に始まった事ではない。仲介も然りだ。
火と油のような性格の二人がケンカして、自力で鎮火できるはずがない。

「いや…いいよ」
「遠慮すんなよ」
「…ウソップ」
校内は禁煙なので、サンジは唇を弄る仕草をしながら呟く。

「オレたち、もう無理かも」
「え…何でだよ」
「あいつ、重てェんだよ。オレに女遊びするなとかさ。そんなの無理に決まってるじゃねェか」
──女が居ないと死んでしまう病だしな。
ウソップと彼は幼馴染だ。
中学生の時、空手部の合宿一週間で、サンジは見る間に衰弱してしまった。
そんな彼が、まさか漢の塊のようなゾロと付き合っていると聞いた時には、銀だこを1m吹いた。

「今回も誤解で勝手にキレて出ていきやがって…。野郎の嫉妬なんざキモいっつーの」
「誤解なのか?」
鼻先に長い鼻があって、我に帰る。
「まぁな」
「じゃあその誤解を解いて──」
「無理!ムリムリ!!」

その為には、バイトの事を話さないといけない。
男の沽券に関わる問題だ。絶対に話せない。

「まったく…理由は無理には聞かねェけど、ゾロはそのタイプじゃねェしな…」
曲がった事、隠し事全般アウトだ。
「ウソップ〜。オレ、お前と付き合えば幸せになれたかな…」
ぐる眉毛をへにゃりと下げて涙ぐむ友人に、ウソップはビシッと手の平を突きつけた。
「間に合ってマス」
「わ〜ってるよ」
元のやさぐれ顔に戻り、また唇を弄る。

「とにかく、オレから折れる気はねェんで。余計な事すんなよ」
──やれやれ。ほんと素直じゃねェよな…

この後、お人好しの彼はゾロの所でも同じ説得をしたが、
「あいつが謝るまで謝らん」
どん!と言われて引き下がるしか無かった。

***

バイトの内容は、楽なようで精神的に堪える。
仕事用携帯に送られてくる客からのメールに対して、適当に返す。
大体一日5人くらい相手にする。
幸いサンジは女子にモテたいが為に、メール打ちだけは早いし絵文字も得意なので問題ない。

あと3日に一度、ナミが仕事用に借りているマンションに行き、パソコンから顧客とスカイプでテレビ電話をする。
スカイプ自体は無料ツールだが、それをする為にはメールの3倍の料金を支払う。
その金額を聞いて、「誰が払うんだよ…」と思っていたが、これが意外と多いのだ。

もちろん、テレビ電話なので女装する。
最初はイヤイヤだったが、もう職場に足を踏み入れた途端割り切れるようになった。


「サンジきゅん〜今日も綺麗よ〜」
「ほんと!うちの店に来てくれたら、明日からナンバー1になれるのに〜」
香水臭いカマどもはオール・スルーして、サンジは今日の予約客をチェックした。
「…またこいつか」
メールも頻繁に来て、スカイプの日も毎回予約をしている、ギンという男だ。

鏡を見て化け物のようなメイクをチェックし、パソコンの前に座ってログオンした。
男の方は顔隠しOKになっているので、ギンはサングラスをかけている。
『サンディさん、疲れてないか?』
「え〜?どうしてェ〜?」
『目の隈が見える』
「あらやだー!コンシーラーで隠せたと思ったのにぃ」
『おれも生まれつき目の隈すごいんだ。よくビビられる』
「そうなの〜?だからサングラスしてるの〜?」
『いや、これは恥かしいから…』

実に当たり障りの無い会話だ。
他の客はすぐにエロ話題に持っていくのだが、このギンは紳士と言ってもよく、サンジは密かに気に入っていた。

『サンデイさんは料理得意なんだよな』
「そうよ〜。花嫁修業バッチリよ☆彡」
『お、おれ…。一度でいいから、あんたの手料理食べてみたい』

──珍しく積極的に口説きにきたな。
だがオレはサクラ嬢。会うとなったら適当に誤魔化すのだ。
「いきなりそんな〜。もっと仲良くなったら、ね」
『そうだよな…悪い』
明らかにガッカリしている様子に、少し同情が沸く。
イイ奴っぽいのに、こんなきめェカマに引っ掛かっちまって…。

「例えば…どんな料理が好きなの?」
つい聞いてしまったら、ギンは身を乗り出した。
『チャーハンが好きだ』
「チャーハン…」
『あ、つまらねェよな…悪い』
「なんで〜?あんなシンプルな料理ほど難しいのよ〜」

チャーハンか…。サンジは昔の記憶を一瞬思い出したが、すぐに仕事に集中する。
その後取り留めも無い会話を続けて、時間終了となった。


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あきゅろす。
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