トイレ



 夜中、目を覚ますと、隣で眠っていたはずの虎がいなくなっていた。
 ベッドの上には、虎につけていた長い鎖だけが、冷たい光を放っている。


 文字通り、バネのように跳ね起きた。
 ヒヤリとする。逃げたのだろうか?
 鎖は壊された形跡も、引き千切ったあともなく、きれいなままだ。

 バクバクいう心臓を、なんとか落ち着かせようとする。
 こんなことは、予測済みだったはずだ。むしろ、こうなることを心のどこかで望んですらいた。
 だから敢えて、玩具みたいにチャチな、細い鎖を選んだのだ。

 そう言い聞かせてみたけど、ダメだった。

 オレは虎の名前を大声で叫び、半狂乱になってベッドから飛び降りる。
 ふらつく足で玄関に向かい、サンダルを引っ掛けて外へ走り出ようとしたところで、

「ーーカイジ?」

 虎の声がした。


 振り返ると、鎖の付いていない虎が、オレの方を不思議そうに眺めている。
「どうした、そんなに慌てて」
 だ、だって、起きたら、あんたが。
「ああーー、」
 虎はすべてを悟ったような顔をして、ふっと苦笑した。
「ちょっと、用を足したくなってな。外させてもらったよ」
 そう言って自分の手首を指さす虎に、オレは混乱した。

 鎖を外せたんなら、あんたなぜ、こんなところにいるんだ?
 ……どうして、逃げなかったんですか?

 そう、訊くつもりだったけど、言葉にならなかった。
 履きかけたサンダルを脱ぎちらし、オレはその胸へ倒れ込むようにして虎に抱きついた。
 虎はなにも聞かなかったけど、黙ってオレの頭を撫でたあと、

「どこにも行かねえよ。約束だろ?」

 すべてを理解しているみたいな深い声で、そう囁いた。


 虎は、かしこい。



[*前へ][次へ#]
[戻る]