風の強い日・8




 並んだ提灯が、強い風に吹かれて揺れている。
 サンダルをひっかけて、男とふたり、さまざまな屋台が並ぶ通りをぶらぶらと歩いていた。
 祭りだというのに相変わらず人は少なく、その中でもオレはすれ違う人の目が気になって仕方なかった。



 赤木さんと来たときもそうだった。
 赤木さんなんて、あんな目立つ格好をしているから、余計に人に見られる気がして、恥ずかしかった。
 だけど赤木さんは人の目なんてぜんぜん気にならないみたいに、楽しそうだった。



 男も物珍しげに辺りを見渡していて、その様子や表情が赤木さんと重なる。
 胸の奥が、こまかな波紋を描いた。


 本当にちいさな祭りなので、目新しい屋台もなく、オレはものの数分で飽きてしまった。
 焼きそばやベビーカステラの匂いが流れてくるけれど、昼飯が遅かったせいか、まったく食欲をそそられない。
 男も食べものの屋台にはいっさい寄りつかないので、本当にただ、散歩しに来ただけのようになってしまった。

 いい加減歩くのにも飽きて、もう帰るか、と言いかけたところで、男が立ち止まった。
「あれ」
 男の目線の先には、射的の屋台がある。
「あんたと、あれがしたかったんだ」
 そう言って、屋台に近づいていく男の後ろ姿に、息が詰まった。

『おい、カイジ。あれやろうぜ』

 去年の祭りで、赤木さんも同じ屋台を指さしてそう言ったのだ。

 屋台へ近づくと、男はすでに金を払い、鉄砲を手にしていた。
「勝負しようぜ」
「勝負?」
 聞き返すと、男はニヤリと笑い、手中のコルク弾を目の前に翳してみせた。
「弾は五発ずつ。より多くの景品を取った方が勝ち」
 赤木さんのときと、同じ条件だ。
 くらくらする。
 単なる偶然か? それとも、この男は、なにか知っているのだろうか?
 目を眇めて男を見る。
「勝負って……なにを、賭けるんだ?」
 男はすっと目を細める。
「昨日、ガキのお陰で儲かった金があるだろ。オレが勝ったら、その金すべて貰う」
「……!!」
 なぜ、この男が金のことを知っているのだろう?
「昨日、言ったでしょ……『明日までとっておいて』って」
 クスリと笑って男が呟いた台詞は、昨日寝る間際、取り分を渡そうとしたときに少年が言った言葉だった。
 まさか……いや、でも、そんな非現実的なこと、あるわけがない。
 深く混乱するオレを、男は静かに見詰めている。
 額に滲む汗を感じながら、オレはゆっくりと口を開いた。
「わかった。ただし、オレが勝ったら……」
 挑むように男を見て、言葉を続ける。
「教えろっ……! お前が何者なのかっ……! お前の正体っ……!!」
 男はすこしだけ意外そうな顔をしたが、
「わかった。それじゃ、オレからいくよ」
 と言って、銃を構えた。

 小気味よい音をたててコルク弾は的に当たり、男はそつなく景品を落としていく。
 落としやすい的というのを見抜く能力に長けているようで、五発中、四発が景品に命中し、男はすでに四つの景品を手に入れていた。
 その腕前に内心舌を巻きつつ、オレは傍らで男を見守る。
 あと一発。
 弾を込め、男が銃を構えた瞬間。
 一際強い風が、屋台に吹き込んできた。
 構わず男は引き金を引き、弾は景品の左端を掠める。
 すこし揺れたものの、結局景品は落ちなかった。
 思わずホッとしていると、男がオレに銃を渡してきた。
「はい。あんたの番」
 オレは銃を受け取り、唇をきゅっと引き結んだ。

 弾をできるだけ奥まで込め、腕を伸ばして、銃を構える。
 ちいさい頃から好きだったから、射的は得意な方だ。
 落としやすそうな的の、左上を狙って引き金を引くと、ぱん、という音とともに確かな手応えがあって、景品のちいさな人形が落ちた。
「へえ……やるじゃない」
 男の言葉を聞き流しながら、次の弾を込める。

 一年前の赤木さんとの勝負では、オレは負けてしまったのだ。
 だからというわけではないけれど、オレは知らず知らずのうちに、この勝負に熱くなっていた。

 二発目、三発目と順調に景品を落とし、四発目。
 ちいさい的はすべて落とし尽くしてしまったので、オレは奥の方にある、大きな的に目を向ける。
 どの部分に当てれば落ちやすいか、冷静に考えながら弾を込め、できる限り腕を伸ばして構える。
 すぐには撃たない。銃口がぴたりと定まるのを焦らずに待って、素早く引き金を引く。
 放たれた弾は的の上部に当たり、揺れた的はバランスを崩して下へと落ちた。
 心の中で、思わず拳を握った。

 これで、同点。
 あと一発。当てれば、オレの勝ちだ。

 深く息を吐き、手汗で濡れた掌をジーンズで拭う。
 狙うのはいちばん上の段にある、円柱形の菓子だ。
 鋭く息を吸い込み、銃を構える。

 緊張で腕が震える。それなのに、感覚が研ぎ澄まされていくような、この感じ。
 大きな博打を打つときの感覚に似ていて、なんだかひどく、懐かしい気がした。

 相変わらず風が強い。
 息を詰めてひたと狙いを定め、引き金に指をかける。
 そのまま勢いよく引くと、弾は的の真ん中に当たった。
 ぐらぐらと大きく揺れる的に、思わず銃を強く握る。
(落ちろっ……!!)
 オレの思いの強さに呼応したかのように、的はぐるりと反転し、ついに棚から落ちた。
「やった……!! 勝った〜〜っ!!」
 その瞬間、脳天が痺れるような喜びに、思わず武者震いした。
 勝負に勝った! その事実にこんなにも感情を動かされるのは、赤木さんが亡くなって以来、これが初めてだった。
 ずっと忘れていた、勝負することの楽しさ、勝つことの喜びが体の奥から蘇ってきて、オレは知らず、子供のように笑っていた。

「あんたの勝ちだ。よかったな」

 はたと気がつくと、男がオレの方を見て静かに笑っていた。
 一気に冷静さが戻ってきて、こんな遊びに勝って大はしゃぎしていた自分が恥ずかしくなり、強く掴んだままだった銃をそっと、置き場に戻した。
 いっそバカにしてくれれば怒ることもできるのに、男はオレを嘲う風でもなく、ただ物静かでやさしい眼差しで見つめてくるだけなので、調子が狂う。
 大きく咳払いをして、オレは男を見据えた。
「約束通り、教えろよ……お前はいったい、何者なんだ?」
 赤木さんを喪ったオレの前に現れた、赤木さんそっくりの少年と、青年。
 男は伏し目がちに微笑むと、
「場所、移そうか」
 と言って、踵を返した。







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