屏風の虎・3



 赤木を探し始めて二ヶ月が経過した頃、赤木が時折姿を見せるという噂のあるスナックで、俺はついに有力な情報を手に入れた。

「赤木くんなら、二週間ほど前に来たわねぇ」

 ママは気怠げにそう言って、タバコに火を点ける。
 年増だが、目鼻立ちのはっきりとした美しい女だ。
 台湾人らしく、話す言葉に独特の訛りがある。
 思わず身を乗り出して詳細を促すと、女は人差し指で、左の頬を斜めに切ってみせた。
「……こっちの頬に傷のある、犬みたいな男の子を連れてたわ。赤木くんのお友達なら、さぞかしお金持ってるんだろうなって思ってコナかけてみたら、てんで素寒貧なんだもの、がっかりしちゃった」
 女はちいさく肩を竦める。

 頬に傷のある男? 赤木は誰とも馴れ合わぬ、一匹狼のはずだが……
 いや……、いかな赤木でも、一緒に飲む知人程度ならいるだろう。
 そんな男の話より、赤木について教えてくれと息巻く俺を無視して、女はマイペースに話し続ける。

「でもねぇ、その時の赤木くん、あたしがその子に声かけようとするより先に言ってきたのよね。『この人は金なんて持ってねえよ』ってさ」
 煙を吐き出しながら、女は斜め上に視線を投げる。
「その時の赤木くん、ちょっと怖かったわね。おかしな話だけど、まるで牽制されてるみたいで……」
 そこで言葉を切って、女は顎に手を当て、なにかを考え込むように俯いた。
「まさか……とは思うけど……ううん、なんでもないわ……こっちの話……」
 ブツブツと訳のわからないことを独りごちる女の話がまったく要領を得ないので、俺は苛々して席を立とうとした。
 すると、女はようやく顔を上げた。

「赤木くんを、捕まえたいんでしょ?」

 投げられた言葉に、足を止める。
 ……この女、なにかあてがあるのか?
 その顔を睨むように見据えると、女は艶やかな唇で笑みをかたどる。
「その子に頼めば、できるかもしれないわよ」
 その子? ……その子とは、さっき女が言っていた、頬に傷のある男のことか?

 自信ありげな女の含み笑いを見て、俺は席に掛け直す。
 その男なら、屏風の虎を引き摺りだすことができるというのか? いったい、そいつは何者なんだ?
 さまざまな疑問を畳みかけるようにぶつける俺の顔を半眼で見て、女は俺の顔にふーっと煙草の煙を吐きかける。

 それからニッコリと笑い、顔を顰める俺に向かって、ことさらゆっくりと囁いた。

「世の中はギブアンドテイク。この意味わかる、坊や?」







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