分け合う いちゃいちゃ



「……ん」

 珍しく、しまった、というような顔をして、アカギは短く声を上げた。
 空っぽになったハイライトのパッケージを握りつぶしながら、隣に座るカイジを見る。
「カイジさん、一本ちょうだい」
「えー……」
 ちょうど、マルボロに火を点けるところだったカイジは、タバコを咥えたまま、くぐもった声で呟く。
「オレもこれ、最後の一本……」
 カイジの手の中でぐしゃりと音を立てて潰れる赤と白のパッケージを見て、アカギは眉を顰めた。
「……なんて間の悪い……」
 暗に自分を責めているようなアカギの言い草にむっとしながら、カイジはタバコに火を点ける。
「……しょうがねえだろ。切らすお前が悪い。買いに行けよ、近くに自販機あんだろ」
 すると、アカギは不機嫌そうに顔を曇らせてむっつりと黙り込む。
(こいつ絶対、『面倒くせえ』とか思ってやがるな……)
 こんなときばかり、思っていることを露骨に顔に出すアカギをじろじろと眺めながら、カイジはマルボロを深く吸い込み、肺を煙で満たす。
 涸れた喉に、苦い煙が沁みる。ニコチンが体の隅々までじわじわと行き渡っていくような充足感を味わいながら、カイジはほっと息をついた。
 数時間ぶりのタバコは、頭がくらくらするほどうまい。
 まさに放心の態といった感じで、ゆるゆると口から煙を漏れさせていると、ふと視線を感じ、カイジはアカギに目を向けた。

 すると、思っていたよりもずっと間近にアカギの顔があって、カイジはビクリと肩を揺らす。
 アカギの視線は、子供のようにひたむきに、カイジの手許に注がれていた。

 お人好しのカイジの心に、すこしの罪悪感が芽生える。
 同じ喫煙者として、ヤニ切れのもどかしさやイライラは、よくわかるのだ。
 自分だけ吸っているのもなんだか悪いような気がしてきて、カイジはすこし逡巡した挙げ句、人差し指と中指でタバコを挟み、唇から抜き取った。

「……ほれ」
 すい、とアカギの前に吸い口を差し出してやると、アカギは瞬きもせずにじっとそれを見つめたあと、つと顔を寄せて薄い唇でそれを挟み込み、煙を吸いこんだ。
 アカギが息を吸うのに併せて、タバコの先端がじわりと赤く燃える。
(お? おお〜……)
 心中で謎の感嘆を漏らすカイジの目の前で、アカギは目を細めると、うまそうに紫煙を吐き出した。
 その様子をぼうっと眺めながら、カイジもふたたびタバコを口に運び、フィルターに唇をつけて、吸う。
 ふーっと煙を吐き出していると、一足先に煙を吐ききったアカギが、またしてもカイジの手許をじっと覗き込んでくる。
 じり、とした空気に気圧されて、そろそろと吸い口をアカギの口許へ近づけてやると、アカギは背中を丸めるようにしてカイジの手許に唇を寄せ、タバコを咥える。
 乾いたやわらかい唇が、指先にほんのすこし触れた。

 一口一口を味わうように深く吸い、静かに煙を吐き出すアカギの様子を、カイジはつい、まじまじと観察してしまう。
 なんだか、珍しい動物を餌付けしているみたいな気分だった。



 そうやって、一本のタバコをみみっちく吸いあっているうち、カイジの腹がぐう、と鳴った。
 時計を見ると、正午をこえている。
 残り半分ほどの長さになったタバコを唇に挟むと、カイジはベッドから抜け出した。
「腹減った……昼メシ作るけど、食う?」
 ジーンズを履きながら問いかけると、アカギは黙ったまま頷く。
 じゃあちょっと待ってろ、と言ってカイジがシャツを羽織り、釦を止めていると、アカギもするりとベッドから降り、床に脱ぎ散らかしたジーンズに足を通し始めた。
 そして、服を身につけて台所へ向かうカイジのあとを、上半身裸のまま、ぺたぺたと床を踏んでついてきたのだ。
「えっ……お前、なんでついてくんの?」
 普段、アカギはカイジが料理をしていても滅多に台所へ寄りつかず、完成した飯が運ばれてくるのを、専ら居間で待っていることが多いのだ。
 ぎょっとするカイジの口許を、アカギは黒い双眸でじっと見て、
「タバコ」
 と呟いた。
(ああ……はいはい、タバコね……)
 合点がいったカイジは、タバコを自身の唇から抜くと、ほら、とアカギが吸いやすいようにフィルターを向けてやる。
 右手でアカギにタバコを吸わせてやりながら、左手でカイジは冷蔵庫の扉を開ける。
 冷蔵のうどんが二玉。キャベツが四分の一。ピーマンが二個と、ソーセージの余りがすこし。
 アカギが吸い終えるのを待ってからタバコを咥え、冷蔵庫から材料を取り出してキッチンカウンターの上に置く。
「なに作るの?」
 アカギはカイジの背後にくっついて立ち、肩に顎を乗せてカイジの手許を覗き込む。
 白い髪が首筋を撫でるのをくすぐったく思いながら、カイジは「焼きうどん」と答えてやる。
 ふうん、とさして興味もなさそうに呟くアカギの唇に、すっかり短くなったタバコの吸い口を近寄せてやると、アカギはカイジの肩に顎を乗せたまま、素直にそれを吸う。
 カイジはつい、噴き出しそうになった。

 タバコを吸いたいがためにひょこひょこと台所までついてきて、おとなしく餌を与えられるのを待っているようなその様子が、親鳥についてくる雛みたいで、可笑しかったのだ。

「なに、笑ってるの」
 カイジの頬が緩んでいるのを見咎めたアカギが、間近で睨んでくる。
「……べつに、笑ってねえよ」
 タバコを自身の口に運びつつ、そう取り繕うカイジの鼻先に、アカギはふーっと白い煙を吹きかけた。
「ぅわっ……!! てめ、なにすんだよっ……!!」
 煙たそうに顔を顰めるカイジを、アカギは性悪な顔で笑い飛ばす。
(このやろっ……、ガキみてぇなことしやがってっ……!!)
 カイジはアカギを横目で睨みつつ、フィルターを噛んだ。

 肺一杯に煙を取り込みながら石鹸で手を洗い、タオルで拭いてからタバコを指でつまむと、たっぷりと紫煙を吐く。
 ふたたび、アカギの方に吸い口を向けてやると、やはり、アカギは素直に顔を寄せてくる。
 煙を吹きかけられたことへの腹いせのつもりで、アカギの唇がフィルターに触れた瞬間、カイジはタバコを持つ手をすっと横にずらしてやった。
「……」
 ぱちぱちと瞬いたあと、自分を睥睨する視線に、カイジは気づかぬふりをする。
 だが、アカギがふたたび吸い口に顔を近づけてくると、そこから逃れるように、またタバコをひょいと遠ざけてしまう。

 なんどか、そんな無言の攻防を繰り返すうち、ついに痺れを切らしたアカギが、背後からカイジに襲いかかった。
 怒った獣みたいな唸り声を上げながら首筋に噛みつかれ、カイジはとうとう耐えきれず、笑い声を弾けさせる。
 きつく抱き竦める腕から逃れようと、力いっぱい藻掻くカイジの、愉しそうな様子につられるように、アカギもやがて、低く喉を震わせ始めた。

 まるで獣みたいにじゃれ合い、笑い声を重ねながら、アカギは肩で息をするカイジの体をシンクに押し付け、その下唇に噛みついて緩く引く。
 くふ、とこそばゆそうに笑うカイジに、アカギはふと真顔になると、顔を傾けて唇を重ねた。
「……ん、っふ……」
 すぐさま絡んでくる舌は、いつもと違う、マルボロの味。
 カイジは目を瞑ると、自らも舌を差し出して夢中でアカギのそれに絡める。
 明るい笑い声は、くぐもった荒い吐息と甘い喘ぎに取って代わり、アカギがカイジの手からタバコを抜き取ってシンクに投げ捨てると、カイジは両の腕をアカギの首後ろに回し、かじりつくようにきつく抱きついた。

 タバコなんかよりよっぽど簡単に火が点いてしまうふたりは、今さっき着たばかりの服をまた脱ぎ捨てることになり、焼きうどんが無事ふたりの腹におさまるのは、まだ当分、先のことになりそうだった。





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