嘘から出た実 小ネタ



「待て。お前、なにしてんだ?」
 心底不思議そうなカイジの問いかけに、
「なに、って。わからないの?」
 心底不思議そうに、しげるが答えた。

 カイジは眉を寄せる。
 わかるわけがない。わかってたまるか。
 知り合いの中坊に、いきなりベッドに押し倒されて、腰に跨がられている理由など。

 とりあえず、顔にかかった髪を手で退けて、カイジは天井を背負うしげるを見上げる。
 両肩がしっかりと押さえつけられているのが気になりながらも、カイジは思いつく限りでいちばん平和的な答えを口にしてみた。
「ぷ……プロレスごっこ……とか?」
 言ってすぐ、そんなわけあるか、とカイジは内心でツッコむ。
 普通の中学生ならまだしも、しげるがプロレスごっこなんて……ありえなさすぎて、仮に当たっていたとしても、それはそれで、なんだか薄気味悪いというか、恐怖を感じる。

 ちょっとびくびくしながらカイジがリアクションを見守っていると、しげるはゆっくりと瞬きしたあと、首を傾げた。
「ひょっとして……、あんた、初めてなのかな」
「初めて、って、なにが」
「セックス」
 ひぃ、とカイジの喉から悲鳴が漏れる。
 それはカイジが予想していた中で、もっとも平和的でない回答のうちのひとつだった。

「せ、せっ……って、おおお前、意味わかって言ってんのかよっ……!?」
 真っ赤な顔で急にどもりだすカイジに、しげるは失笑する。
「わかってるから、こんなことしてるんじゃない。……そんなに取り乱さなくても」
「う……うるせぇっ……!! それ聞いて、落ち着いていられるかっつうの……!!」
 カイジはキッとしげるを睨め上げる。
 だが、しげるは至っていつもどおりのポーカーフェイスで、冗談でこんなことしているとは到底思えないところが、カイジをひどく混乱させた。
「だ、だいたいなぁ、なんでいきなり、せ、セックスなんだよっ……!! 脈絡ねぇだろっ……!!」
「脈絡? あるよ、ちゃんと」
 カイジの吠え声に、しげるはしれっと答える。

「だってカイジさん。オレたち、恋人同士になったでしょ」

 ーーは? 今何て?
 カイジの舌と表情が、ぴしりと凍りつく。

「恋人同士? え、いつ? いつの間にオレたちそんなことに?」
「ついさっき。オレが告白したら、カイジさんも答えてくれたじゃない」

 告白?
 本気でなんのことだかわからずに、カイジは目線を泳がせたが、しばらくして「あっ」と声を上げた。

 確かに、さっきしげるに好きだとかなんとか、言われた気がする……
 それで、『はいはい。オレもだよ』とかなんとか、馬鹿な返事をした覚えもある。
 テレビの競馬に気を取られてて、あんまりよく覚えてねぇけど……

「でもお前っ、あれってエイプリル・フールの冗談だったんだろっ……?」
 ダラダラと冷や汗をかきながら、カイジはしげるに捲したてる。

 そう。今日は四月一日。
 年に一度、嘘をついても良いとされる日なのだ。
 そしてこんな日に限って、しげるが珍しく冗談めいたことをーーらしくもない、『好きだ』なんて言葉を投げてきたもんだから、完全に嘘だと思い込んだカイジは、エイプリル・フールにこんな冗談を言うなんてしげるも案外ガキっぽいとこあるなぁなどと微笑ましさすら感じながら、ヘラヘラと『オレも好き』だとかなんとか、生返事をした、のだったが。

「ーーエイプリル・フール? ……なに? それ」

 しげるのその一言で、ガラガラとなにかが崩れ去っていく音をカイジは確かに聞いた気がした。

「なに? って、お前、知らねぇのかよっ……!?」
 怪訝そうに眉を寄せたしげるは、とぼけているようには見えない。
 驚き呆れつつ、カイジは手短に説明してやる。

「四月一日はな、一年で唯一、嘘をついてもいいって言われてる日で、俗にエイプリル・フールって……」

 そこまで言って、カイジははたと気づいた。

 しげるはエイプリル・フールを知らなかった。
 と、いうことはつまり、あの告白は……

「ふーん……なるほどね」

 カイジの思考を遮るように、淡々とした声でしげるが呟く。
「つまり……あんたは、オレの告白を端から嘘だと決めつけてたわけだ」
「うっ……」
 カイジはぐっと言葉に詰まる。
「だから返事も適当に、冗談で返した、と」
「……っ、だってよぉ……」
 罪悪感に胸をチクチク刺されながらも、カイジはうだうだと答える。
「お、お前があんまり、らしくねぇこと言うからっ……! あと、オレに告白だなんて、まさか本気だと思ってなくてっ……」
 なんだか情けない顔でしゅんと萎れてしまったカイジの様子に、しげるはなぜか、ふっと欲を煽られた。
「!? うおっ、しげ、ちょ、ちょっと待てっ……!!」
「……なに? カイジさん」
「『なに?』じゃねぇよ! どさくさに紛れていったい、なにしてやがるっ……!!」
 ギシ、とスプリングを軋ませて体の上にのし掛かられ、喚くカイジにしげるはクスリと笑う。
「なにって……ナニにきまってるじゃない」
 首筋に唇を押しあてられ、カイジは硬直して息を飲んだ。
「今日がエイプリル・フールだとか、あんたの返事が嘘だとか、関係ないね。あんたはオレの告白を受け入れた、その事実に変わりはない。あとは既成事実さえ作っちまえば、こっちのもんだ……ククク……」
 首筋の皮膚を震わせる低い笑い声に、カイジはぞぞぞと総毛立つ。
「……カイジさん」
 顔を上げ、至近距離で見つめてくるしげるの熱を孕んだ瞳に、いい歳をしてカイジは半泣きになる。
 そのまま、しげるの顔が近づいてきてーー、唇が重なる寸前で、カイジは首を捻ってそれを避けながら、叫ぶように訴えた。
「わーーっ、やめろっ、勘弁してくれっ……!! っていうかっ……!! 両思い即セックスとか、たとえ本当だったとしても、マジねえってっ……!! お前いったい、どんな神経してんだよっ……!!」
「……」
 だだっ子のようにわーわーと喚きたてるカイジに、しげるは黙ったまま動きを止める。
 そして、ぎゅっと目を瞑り、思い切り顔を背けるカイジの頬に、ちょんと口づけた。

 しげるが体を起こしてベッドから降りると、カイジは恐る恐る目を開く。
「あ、あれ……? お前……」
 意外そうに見上げてくるカイジに、しげるは言ってやる。
「強姦は趣味じゃないしね。……あんたがどうしてもって言うなら、してやらなくもないけど?」
 意味深な台詞に、カイジは慌てふためいて跳ね起きる。
 明らかにほっとした顔のカイジに、しげるは軽く身を屈め、三白眼と目線を合わせた。

「あんたのその嘘、真実に変えてやるから。きっと、すぐにそうなるよ。賭けたっていい。……オレが必ず、そうさせるから」

 そう言って不敵に細められる鋭い瞳を、ただただ呆然とカイジは見返す。


 やがて、しげるがそう遠からぬ日にしっかりと有言実行することも、エイプリル・フールの日のやり取りが『嘘から出た実』になることも、このときのカイジはまだ、知る由もなかった。






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