夢じゃない 初夜 カイジ視点



 今まで生きてきた二十一年の人生で、人並み以上に痛い思いはいろいろしてきたけれど、これはまた、全く違う種類の痛みだなと、ケツから真っ二つに引き裂かれるような衝撃に堪えながらオレは思った。
 ゆっくりと体を押し開いて這入ってくるものは、硬いが、鋭く尖ってなどいないはずだ。それなのに、引き攣れたケツの孔が脳に伝える感覚のせいで、どう考えても刃物の切っ先をぶち込まれているようにしか思えず、同じ人間という生き物の肉の一部が入っているだなんて、とうてい信じられないのだった。

 情けなく悲鳴を上げたいのは山々だが、流石に男としてどうかと思うから、喉奥で必死に押し殺す。
 それでも、喉元で潰れた声までは隠しきれず、漏れた音に反応してしげるがオレを見下ろしてきた。
「カイジさん、」
 ちいさな声が耳に届くが、それに応える余裕もなく、薄い肩越しに見える天井の木目など眺めて痛みを紛らわせていると、ふいに、ずっ、と繋がりが深くなった。
「っひ、」
 思わず声を上げてしまった。
 下半身が氷水に浸されたように冷たくなり、手と足二十本の指でシーツを強く引っ掻く。

 がっつき過ぎだアホ、童貞かお前は。
 それとも、女となら経験あるからなんて余裕かましてたのは、ハッタリだったのかよ?
 などという悪たれ口さえ出てこない、痛すぎて。

 マズい。ヤバい。死ぬ。
 いったいどうなるんだよ、このまま死んじまったら。
 腹上死……じゃなくて、腹下死、っていうのか、この場合。

 混迷する思考回路が、支離滅裂なことを考えだす。

 命懸けのギャンブルをいくつも潜り抜け、這い蹲って生き延びてきたのに、こんな死に方……

 痛みと動揺で涙が滲み、視界が歪む。
 くそ、情けねえ。
 震える手で慌てて目を拭おうとすると、しげるの乾いた掌が頬にあてられた。

「……」

 そのまま、つるつると確かめるように輪郭を撫でられる。
 思わず瞬いた拍子に、涙の粒がぽろりと流れ出た。

 しげるは初めて見た生き物を触るような、不思議そうな表情でオレの顔を触っている。
 その手つきも、おっかなびっくりとでもいうような、やたら慎重な触り方だったので、あまりにしげるらしくないその仕草に驚くあまり、オレは一瞬、痛みを忘れた。

「……どうしたんだよ」
 声はひどく掠れていたけれど、幾分落ち着いて話しかけることができた。
 問いかけにぴくりと反応して、しげるはオレの顔をじっと見つめてくる。

 うすい唇を微かに開き、なにかを言い澱むような顔をしていたが、
「……夢なんじゃないかと、思って」
 上擦った声で、ちいさくそう言った。

 は?
 こいつ、今、なんて?

 オレはわが耳を疑う。
 だが、頬をほんのりと紅に染め、まるで本当に夢見心地であるかのようなしげるの表情を見ていると、それが本心から発せられた言葉だってことは疑うべくもないように思えた。
 相変わらず、オレが確かにここにいることを確かめるように、さわさわと頬を撫でられていると、冷たくなった体の中でそこだけ熱を持っていくのが自分でもわかって、どうにも居心地が悪くなってくる。

 オレは大仰にため息をつくと、しげるから視線を逸らしながら言った。

「……アホかお前。こんな、くっそ痛えことが夢でたまるかよ」

 ちゃんと現実だ現実、と早口で言って、さらに火照った気のする頬を、隠すためしげるの掌に擦り付ける。
 目を背けていても、しげるの視線が上からグサグサ刺さってくるのがわかる。

 痛えよこのアホ。
 まあオレ自身も、なんか相当痛えこと言っちまったっつう自覚はあるけど……

 つうか、いい加減この沈黙も痛い。なんか言ってくれよ、せめて鼻で笑うか罵るかしてくれ。
 オレはついに耐え切れず、舌打ちとともに口を開いた。
「……だからもう、こんな痛えこと早いとこ終わらせ、――ッ!?」
 すべてを言い終わらないうちに、ナカのモノがふたたび奥まで侵入し始めて、オレは鋭く息を飲んで硬直した。
 あ、やっぱ今のナシ。できるだけ、ゆっくりで頼む。お願いします。
 神経がスパークするような痛みに目を白黒させているオレを余所に、しげるは遠慮会釈なく腰を進めてくる。
「……カイジさん」
 軽く息を弾ませながら名前を呼ばれる、その声がやたら嬉しそうで、頬に当たる掌も、熱でもあんのかってくらい熱いのはわかるんだけど、後生だから、もっと、ゆっくり、
「――カイジさん」
 なにがそんなに嬉しいのか、笑い出しそうなくらいご機嫌な声に耳許で熱く囁かれ、ついでに耳朶まで噛まれて、ああもうわかった、わかったから好きにしてくれと、オレはすこしでも痛みを逃すため、目を瞑って体の力を抜いたのだった。





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