「キスしてくれたら起きる」

 そう、赤木が言ったので、カイジは思い切り顔を顰め、深くため息をついた。
「赤木さん……風邪ひくから床で寝ないで下さいって、なんども言ってるじゃないですか……くだらねえこと言ってないで、早く起きてベッド行って下さいよ……」
 傍らに突っ立って呆れ声で言われ、片目だけをうすく開いて赤木はカイジを見る。
「お前からのキスが、くだらねえことなもんかよ……せっかく気持ちよく眠ってたってのに、起きるのにも気力がいるってもんだ。だから、な?」
「起き抜けでそんだけ口が回るなら、すぐに起き上がれるだろ……」
 カイジの揚げ足取りを、赤木はあっさりシカトした。

「ほら、早くしてくれねえと、ほんとに風邪ひいちまうかもしれねえぞ?」
 滅多に風邪なんてひくこともないくせに、赤木はつるっとした顔でそんなことを言う。

 すると、カイジのしかめっ面に、わずかな朱が差した。
 そのまま、ゆっくりと床に膝をついたかと思うと、おずおずと屈み込み、自分の腕を枕に仰向けで寝転がる赤木の唇に、そっと自身のそれを近づける。

 だが、重なる直前、息のかかる距離で、カイジは太い眉根をぎゅうっと寄せた。
「赤木さん……」
「ん? どうした?」
「目、閉じて下さいよ……」
 むくれたような声に、赤木はふっと笑う。
「俺はなカイジ、見てえんだよ……恥ずかしがってる、お前の顔が」
「悪趣味……」
「そうか? 我ながら、いい趣味してると思ってたんだけどなあ」
 至近距離でクスリと笑って軽口を叩く赤木を、怒ったような赤い顔でカイジはしばらく見つめていたが、矢庭につっと手を伸ばし、手のひらで赤木の目を覆い隠してしまった。
「おい、カイ――」
 赤木が抗議を口にするより早く、カイジは赤木の唇を塞いでしまう。

 ぎゅっと目を瞑り、つかの間押し当てるようにしたあと、さっと体を起こして赤木の目を覆った手のひらを外す。
「ほら、しましたよ……早くベッド行ってください」
 自分を見下ろすカイジの真っ赤な顔を見上げ、赤木はがっかりしたようにため息をつく。
「キス顔くらいケチケチすんなよ、減るもんじゃなし……」
「そういう問題じゃねえんだよ……!!」
「お前のかわいい顔が見たかったのに……」
 赤木は首を横に振り、鋭い目でカイジをじっと見た。
「おい、カイジ……もう一回だ。今のじゃ到底、満足できねえぞ」
 だだっ子のようにごねてみせる神域の男に、カイジはぐっと唇を噛んで仏頂面をつくって見せたが、赤木がそんなものまったく意に介さないと知ると、憤懣を逃がすように大きなため息をついた。

 それから、ながいこと逡巡した挙句、寝たまま自分の出方を見守る赤木の方を、つとめて見ないようにしながら、ぼそりと言う。

「そんなの……」
「ん?」
「そんなの、一緒にベッドに入ってくれれば、いくらでも見られますよ……」

 茹でダコのような顔でそう呟いたカイジの顔を、呆気にとられたような顔で赤木はまじまじと眺めていたが、やがて大きく口許を撓めた。

「お前にしちゃあ、考えたじゃねえか……。だが、後悔するなよ? 言い出しっぺは、お前なんだからな……」

 そして、ひょいとバネのように軽く起き上がると、カイジの手を強く掴んでベッドへと向かった。








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