風の強い日・11




 マルボロに、栄養ドリンク。日本酒の瓶。
 初めて足を運んだ赤木さんの墓には、いろいろなものが供えられていた。
 供え物の中には、なぜこんなものまで? と思うようなものも混ざっていたりして、思わず苦笑が漏れる。
 亡くなっても、こんなにたくさんの人に慕われている。
 赤木さんらしい墓ですねと、心の中で呼び掛けた。

 コンビニで買ってきたマルボロのカートンを墓の前に置き、目を閉じて手を合わせる。




 あの風の強い日の、不思議な出来事を経て、オレはすこしずつ、赤木さんが亡くなる以前のオレに戻りつつあった。

 嬉しければ笑い、悔しければ泣く。
 あのうどん屋は相変わらず不味く、自分で作る野菜炒めの味はまあまあだ。
 博打を楽しいと思う心も戻ってきて、勝った負けたで一喜一憂する日々だ。


 その代わり。
 あれだけ鮮明にオレの中に留まっていた赤木さんの記憶が、徐々に薄れていきつつあった。
 もちろん、すべてを忘れてしまうというわけではない。
 数々の思い出は、今でも胸の痛みを伴って思い出されるが、以前のオレのように、赤木さんがまるでそこに生きているかのように錯覚するほどの鮮やかさはもう、失われていた。

 生きている限り避けようのない、ごく普通の記憶の風化が、オレにも訪れたというだけのことだ。
 街中で見かける白髪の後ろ姿を目で追ってしまう癖も、いつの間にか抜けていた。


 赤木さんの記憶が薄れていくのが、残念じゃないと言ったら嘘になる。
 だけど、本人がわざわざオレの許に化けて出てくれたのだから、その遺志に答えないわけにもいくまい。

 赤木さんが好きだと言ってくれた、泣いて笑って生きるオレのままでいようと思う。
 そうやって生きていれば、いつかまた、オレの情けない泣き顔を見に、赤木さんがひょっこり顔を出したりするかもしれない。
 そのときのことを想像すると、自然に頬が緩んだ。

 目を開いて立ち上がり、青空に向かって大きく伸びをする。

 じゃあ、また来ます。

 心の中で声をかけ、墓石に背を向けて歩き出す。
 涙を拭ってくれた掌のようにあたたかく、乾いた風がオレの頬を撫で、吹き過ぎていった。






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