空腹(※18禁) エロはとてもぬるい
びっくりするぐらい、なにもない。
独り暮らし用のちいさな冷蔵庫の中を覗きこんで、カイジはため息をつく。
同時に、空っぽの腹の虫が悲しげな声で鳴いた。
今月分の給料は、家賃水道光熱費、それからギャンブルですべて使い果たしてしまった。
なにか食いに行こうにも、材料を買って自炊しようにも、その金がまったくないのではできようはずもない。
ずるずると冷蔵庫の前の床にへたり込むカイジに、後ろから声がかけられた。
「カイジさん、腹減った」
カイジは振り返る。
背後には、男がひとり。
煮ても焼いても食えないような奴が、仁王立ちしている。
カイジは男を睨み上げると、苦々しい声で言った。
「知ってんだろ。金がねぇんだよ」
男はちっとも困っていないような声で、あらら、と呟く。
その男ーー、赤木しげるが先ほど家を訪ねてきたとき、カイジは天の助けだと拝み倒したいような気分だった。
アカギがあらゆる博打に負け知らずで、常に大金を持ち歩いていると知っていたからだ。
だが、カイジが深々と頭を下げて金の無心をすると、アカギは意外なことを口走った。
「悪ぃな……生憎オレも、無一文なんだよ」
まさか、この男に限ってそんなはずなかろうとカイジは思った。
あまりに頻繁にアカギから金を借りている自分を牽制する心算なのかとカイジは勘ぐったが、端金を貸すのを渋るような男ではないということは、己がいちばんよく知っている。
じゃあ本当に素寒貧なのかと、信じられない思いアカギが手に提げている鞄をひったくるようにして奪い取れば、それは綿のように軽く、ファスナーを開くと中身は空っぽ、逆さにして振っても塵ひとつ落ちてこなかった。
カイジは絶句した。
嘘だろ、なんで今日に限ってとアカギに詰め寄れば、「ここ数日、ちょっと遊んでたから」となんでもない風に答える。
アカギがこの前来たのは二週間前、その時は鞄に札束がぎっしり詰まっていたはずだ。
どんな遊び方してんだよっ、と半泣きになりながら責め立てるカイジに、アカギは仄かに笑う。
「内緒」
そう、口笛を吹くように言ったアカギに、なにがナイショだよ一文無しがカッコつけてんじゃねぇと八つ当たりしても、金がないという状況に変わりはない。
カイジは頭を抱えた。
そんな曲折を経て、現在に至る。
時刻は正午を回ったところ。お互い、腹が減っている。
冷蔵庫にはなにもなく、部屋には食えない男がひとりいるだけ。
二進も三進もいかない絶望感に、冷蔵庫のドアを開けたままカイジは深く深く項垂れる。
しかし、ふいに後ろ髪をそっと持ち上げられ、冷たい指が項に触れたので、カイジは丸まった背をびくんと仰け反らせた。
「……っ、なに」
してんだよ、と吠えつこうとしたカイジだったが、それより早く剥き出しの項に押しあてられた、覚えのある生ぬるい感触に言葉を詰まらせる。
「……したい」
項に唇を押しあてたまま囁かれ、低い声が震えとなって膚の下にまで染み込んでくる。
「したい、って、お前っ」
思いも寄らぬ展開に、焦った声が出る。慌てて逃れようとするが、逆に後ろから腕を回され、身じろぎすら封じられてしまった。
「やりたい。やらせて、カイジさん」
首後ろの皮膚を甘く食みながら、ねだる声はいっそ清々しいほど平板で、不埒な意思など露ほども含んでいないように聞こえる。
しかし、カイジはこの男が冗談でこんなことをするはずがないということを、うんざりするほどよく知っているので、ぞぞぞと背中に怖気を走らせながらも必死に抵抗した。
「ばっか、野郎っ! なに、考えてん、だよっ」
「なにって……あんたのことだけ、考えてる」
そういうの今いらねぇからっ……! と叫ぶカイジの首筋に、がぶりとアカギが噛みつく。
うすい皮膚に犬歯が食い込んで、走った甘痒いような痛みに、情けないほど体が震えた。
このまま藻掻いていても、埒があかない。
アカギの腕は蛇のようにカイジの体に絡みついていて、抜けられそうにない。
カイジはやむなくではあるが、早々に抵抗を諦めた。
たたでさえ空腹で力が出ないというのに、これ以上無駄に体力を消耗したくない。
代わりに言葉で説得を試みようと、首を捻るようにしてアカギを見た。
「おかしいだろっ……なんで、今このタイミングでそうなるんだよっ……?」
カイジの問いかけに、アカギは「だって、」と呟く。
「だって、腹が減ってるから」
「……食欲と性欲の区別もつかねえのか、お前は……」
呆れを通り越してどっとくたびれた顔になるカイジに、
「そうじゃなくて……わかんねぇかな……」
すこしだけ苛立ったようにアカギの口調が荒くなる。
なんでオレが悪いみたいな言い方してんだよ、と怒鳴りかけたカイジだったが、するすると伸びてきた手に足の間のやわらかい塊を掴まれ、ギョッと目を見開いた。
「っかやろ……ッ!」
なんとか腕を押し退けようと頑張ってみるが、急所を握られているので大した抵抗もできない。
アカギはカイジの首筋を甘噛みしながら、最初はジーンズの固い布越しにやわやわと揉みこんでいたが、やがて器用に片手で前を寛げると、下履きの中に手を差し入れてきた。
ひんやりとした大きな掌に包まれ、カイジの腕に鳥肌がたつ。
ただでさえ萎えていたモノが、余計に縮こまるような気がした。
「おい、それ完全に逆効果だぞっ……!」
カイジはツッコんだが、アカギは無視してソコを握り込むと、性急な動作で擦り始める。
最初こそ、摩擦でただ痛いだけだったが、自分の熱がアカギの掌に伝わり生々しく温もってくるにつれ、悲しいかな、徐々に自身が兆してくるのをカイジは感じていた。
「っ……う、」
正直すぎる体に唇を噛んでも、その隙間から荒い吐息と妙な声が漏れてしまう。
アカギは低く喉を鳴らし、カイジの体を返すと仰向けに床に押し倒した。
アカギがカイジに覆い被さる状態で、ふたりはようやく互いの顔をまともに見合う。
カイジは不快そうに顔を顰めてアカギを睨む。
台所の床は冷たいし堅いし、不潔だ。
カイジの肩を床に押し付けながら、アカギは片頬を吊り上げ、下の方にチラリと目線を遣る。
「……『逆効果』?」
「……るせー……」
緩く勃起した自身を隠すように身じろぎつつ、カイジは明後日の方向に顔を背ける。
不平不満を隠そうともせずふて腐れているが、体の力が抜けているのを見ると、どうやら抵抗を諦めたらしい。
そう判断したアカギは、カイジを縫い止める腕の力を緩め、先ほどまでの激しさとは別人のようにやわらかい仕草で、カイジの頬に口付ける。
太股に腰を押し付けられ、布を隔てていてもわかるその凶悪な硬さにカイジは目を瞠った。
……こいつ、まだ触ってすらいねえのになんでこんなに勃起してんだよ! 変態かっ……!?
「カイジさん」
名前を呼ぶ声も見下ろしてくる瞳も、常にはないほどギラついている。
雄の本能を剥き出しにした、異様に獰猛なその顔つきをまじまじと眺め、カイジは、ああ、とようやく合点がいった。
つまりアレか? めちゃめちゃ疲れてるときや、命の危険が迫ってるときなんかに、生殖本能で余計に勃つってやつ。
『だって、腹が減ってるから』
アカギのさっきの台詞を思い出す。
単なる空腹でそんなんなるのかよ……狂ってんなこいつ。
それとも、命の危機を感じるくらい腹が減ってるってことなのだろうか? と、考えたところで自分も腹ペコだったことを思い出し、カイジはげんなりして深くため息をついた。
せっかく忘れていたのに、思い出したとたん、空っぽの胃がきゅうっと締めつけられるように痛む。腹が空きすぎて、吐き気までしてきた。
獣のような荒々しさで体中を弄られ、否応なしに拓かれていくが、ああもうどうだっていい、余計に腹が減るようなことはしたくない、一刻も早く終わらせてくれオレはいっさい動かねえからと、カイジは体の力を抜く。
すると、それを待ち受けていたかのように、そのまま、まだ慣らしの甘い後ろに押し入られた。
ぴりぴりと引き攣るような痛みに、カイジは顔を顰めて耐える。
見上げれば、覆い被さる男の顔もかすかに歪んでいた。
締め付けがキツすぎるのだろう。自業自得だと心中で吐き棄てれば、アカギはカイジの顔をじっと見て、尋ねてくる。
「……気分はどう?」
いいわけねえだろと毒づいて、苦しく上がった息の中、カイジはアカギを睨めつける。
「最ッ悪……さみぃし痛ぇし、腹減って死にそう」
呪うような言葉に、は、と気の抜けたような声を漏らし、アカギは笑った。
「オレもだよ」
その顔つきはなぜだかやたら嬉しそうで、こんな状態じゃなければ、わりと見惚れてしまうくらい、いい顔をしていた。
カイジはすこしだけ勿体なく思ったが、一方で、こういう時にしかこういう顔を見せないのがこいつらしい、とも思った。
相変わらず気分は最悪だったが、カイジは浅く口端を吊り上げる。
その様子を見て、大きく抱え上げた足に唇を落としながら、
「煮るなり焼くなり好きにして、って顔してる」
煮ても焼いても食えない男が、そう言って笑う。
また、腹の虫がぐう、と鳴いたが、腹と腹をくっつけるようにしてぴったりと重なり合ったふたりには、それがいったいどちらのものなのか、わからなかった。
終
[*前へ][次へ#]
[戻る]